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うたたね♪日記

元・絵本カフェ詩多音オーナーのブログです。 現在は、絵本をつなぐ活動の  心 色~ココカラ~ メンバーとして活躍中!!!

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『MIMI』第22話・雲野詩子

MIMI  -ミミと美海と滝さんについて-





     第22話



 猫一匹分の隙間を空けて隣に座る彼は、



いつも通り、クセの無いフォーマルな笑顔を私に向けている。



ふと、気が抜けた。



少し軽くなった心が自分を俯瞰で見る。





「滝さんがそうやって優しいから、泣いてしまったんです。



 多分・・・嬉しかったんです。



 滝さんの優しさに甘えてしまったんです。



 ・・・去年のお墓参りには、一人で行きました。」





「夏の連休の時かな?」





「あ、はい。良く覚えてますね。そうです」





「・・・美海さんほかに泊まりで出かけた事ないから」





「そっか、そうですね。母のお墓は母の実家近くにあって、



 ここからだと、日帰りは結構ハードなスケジュールになるので。



 駅の近くのホテルに一泊したんです。」





「ホテルに?」





「はい。父にも、祖父母にも連絡せずに行ったので。



 でも、一人でお墓に行くのを祖父に見られていたらしくて、



 祖父から父に連絡が入って、次の日に父から私に・・・



 その時に、来年は一緒にって約束して、



 そして今朝着信が入ってたんです。



 今ここに居るのは、逃げと言うよりも成り行き、



 と言う方が近いんですけど・・・父からしてみれば



 『見知らぬ男の人の家に住み込んでまで家に帰りたく無いのか』



 と言う事になるだろうと思うんです。



 そして、私はそれを否定はできません。



 父はきっと私を手放したく無くて再婚したんです。



 それが却って今は私が離れて行く原因になってると思って、



 きっと傷つきます。



 だけど父を傷付けたい訳では無いし・・・



 何をどう伝えれば良いのか考えるほど、わからなくなって」





テーブルの下からそっと、ミミが出て来て私と滝氏に間に飛び乗った。



ミャーと甘た声を出して、私の太腿に耳の付け根あたりをゴリゴリ擦り寄せる。



首の辺りを指で掻いてやると喉をゴロゴロならした。



思わず、ふっ、と笑ってしまった。





「不思議ですね、滝さんにこんな話」





「そう?自然な事だと思うよ」





「はぁ・・・そう、ですね」





そういわれるとそんな気がして来た。



「もし、僕が美海さんのお父さんだったら、



 傷ついても良いから美海さんに会いたいと思う。



 顔を見れば分かるでしょう?今元気にしているかどうか。



 電話よりメールより、手紙も良いけどそれよりも、



 目の前に居る事って、話すよりもっと多くの事を語り会える気がするよ。



 ・・・もし、ここに居る事を反対されて心苦しいのであれば、



 ここの事は気にせずに、あー辞めてもいい?・・・からね」





辞めてもいい?・・・ハテナがついてるぞ!





「僕は少し?とてもすごく大変、さ・・・困るけど」(さ?)





私では無く、ミミの方を向いて言う。





「気にしないで?」





珍しく、滝氏がたどたどしい。



『やめてもいい』なんて本心ではかけらも思ってないのが、



おもしろいくらいよくわかる。



そしてその事がとても嬉しい自分が居る。



百聞は一見に如かず、か。



滝氏の言っている事が目の前で、本人によって実証されているようだ。



そうか、滝氏が心外なウソを付く時はこんな感じなのか。



分かりやすい。



嬉しくて、自然と笑顔がこぼれる。





「ふふふ、辞めません。安心してください。食事とおやつには困らせません」





彼の目がミミから私に戻って来た。





「でも、反対された時には一度父に会っていただけると、



 翔君や日向もそうだったように、



 滝さんに会えば大丈夫そうだと思ってくれる気がします。



 なぜかはわかりませんが」





「うん、一緒に会いに行くよ」





滝氏は、やさしくて真っ直ぐな眼でそう言った。



なんだか、心強くなったような気がした。





「ふふ・・・滝さん、ありがとうございます。



 落ち着きました。父にちゃんと話してみます」





「うん」





残りの、ぬるくなった3分の1のアップルジュースを飲み干した。



リンゴの香りが口に広がる。



時計を見ると12時を回っていた。



こんな時間になってしまってすみませんと謝ると





「有意義な時間だったよ」





と言ってたちあがる。ご飯お願いね。と言って彼はお風呂に行った。



そうだ。帰って来てから彼はアップルジュースしか口にしていない。



急いで台所へ戻り夕食を温め始めた。







お風呂上がりの滝氏から、ミントの香りが漂う。



いつもの事だけれど、



今日は泣いた後のぐずぐずの鼻がミントのおかげで、すっとした。



同時に、心も体もすっと軽くなった気がした。





つづく。。。

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『MIMI』第21話・雲野詩子

MIMI  -ミミと美海と滝さんについて-


     第21話


「それで、父に話してなくて、もう二年近く父に会っていないんです。

 実家にも随分帰ってなくて・・・」


「ごめんね、気が利かなくて僕が休みを・・・」


「いや、違うんです。帰りたく無くて、帰らなかったんです。

 滝さんが、悪いんじゃなくて」


しまった。仕事の事を話すと直接滝氏の話にもなってしまう。

彼に誤解の無いように話さなくては。


「父は、話せば分かってくれる人です。

 でもわかってくれるからこそ、傷つけてしまうのが分かるから。

 何て言っていいか・・・

 一年前ここに来てすぐの頃、日向や翔君はすごく反対したんです」


「そうだよね、ごめんね」


滝氏が困っている。だーからちがうのに。困った。


「いやっでも、二人とも滝さんに会った後は打って変わって大賛成で。

 謝らないで下さい。私の事で、滝さんは何も悪く無い。

 父に話しにくい一番の理由はそこではなくて、

 反対するだろうからとかでは無くて。

 まず、前の仕事をやめた理由が言い辛くて。

 適当な事を言ってごまかしたりできないし、

 そうしてみてもきっと父は見抜いてしまう。

 前の仕事は、簡単に言うと人間関係でつまずいて、

 めんどくさくなって辞めました。

 あーなんか、苛めっ・・・ていうより、罠にはまったかんじで。

 店長が商品管理の女の子と不倫していて」


「?・・・うん」


「で、その女の子がなぜか、私と店長が不倫しているって噂を流して」


「あぁ。(納得)」


「周りが、ざわざわしてきて。そんな時に良い仕事任されたり評価されると

 余計に波風が立ちまして。面倒になりました。

 次の仕事も決まって無くて、貯蓄もそんなにある訳じゃなくて。

 仕事は気に入ってたんですが、すごく疲れてしまって。

 いろんな事が面倒になって。

 でも一人暮らしを続けるためには次の仕事をなんとかしなくちゃいけなくて、

 だけど仕事探さないととか考えるのも面倒で。

 でもどうしても家には帰りたく無かった」


ちょっと待って、一回落ち着こうワタシ。

だんだん卑屈になって来た。

また、一口グラスに口をつける。

滝氏は黙ってそれを見つめた。


「愛実と私、似てないって良く言われます」


「・・・そうだね」


「私、母にそっくりなんです。じゃぁ、愛実は父に似ているのかと言うと、

 そうでも無くて。まぁ性格も全然違うし。

 何ていうか、愛実も母に似ていて・・・母方の祖母にも良く似ています。」


随分遠回しに説明をしている。

今まで誰にも口に出して言わなかった事を話すのは厄介で、

とても大きな勇気が必要になる。


「私たちそれぞれ、自分の母に似たみたいで・・・」


次に何て言えば良いのか困っていると、滝氏は助け舟を出してくれた。


「愛実さんと美海さんは、お母さんが違うんだね」


秘密が、秘密ではなくなった時、もっと複雑な感情が起こると思って不安だった。

けど今私は、なんだかほっとした。

それは、滝氏がしっかりとそして前から知っていたかのように受け止めてくれたからだ。

言葉が、自然と出て来た。


「はい。私の母は私が一歳の時に亡くなって、

 その次の年に愛実の・・・今の母、好実さんと再婚して、その翌年愛実が産まれました。

 私の母は、洋海と言います。

 その事を知ったのは六歳の頃です。

 ある日父がお墓に連れて行ってくれて、お墓の前で話してくれました。

 私の実母は亡くなっていて、好実さんと血が繋がっていない事を。

 父が再婚してから、私は好実さんに育ててもらいました。

 愛実が産まれてからは愛実と一緒に。

 好実さんはとても良い人で、私たちを平等に扱ってくれました。

 ただ、まぁ、当然ですが、愛情には差がありました。

 本人は気付いていないと思いますが。

 例えば、私たち二人が同時に転ぶと、真っ先に愛実に手を伸ばします。

 まだ、子どもでしたし、私が姉だからかとも思っていましたが・・

 正月とかに、好実さんの実家にご挨拶に行ったりすると特に、

 好実さんの家族にしてみれば私は他人ですから。

 でも幼い頃は実の母だと思っていたので、そういう事を感じると、

 言いようの無い不安や寂しさがありました。

 大人は表面に出して無いつもりでも伝わって来るものがありました

 でも、好実さんと仲が悪い訳では無いんです。

 どちらかと言えば良好で、仲の良い親子だと思われています。

 愛実と好実さんは良くケンカしてます、お互い譲れない性格ですし。

 二人は良く似てます。

 私と好実さんは、譲り合うしかないいんです。

 私たちが家族であるために。

 多分父は、そんな私の気持ちを察してくれて、

 あの日、お墓の前で・・・

 話を聞いて、納得しました。いろんな事に。

 家事に目覚めたのはその頃からで、好実さんに迷惑をかけたく無かったし、

 それ以上に早く自立したかった。

 とにかく家の中に私の居場所は無いように思えたので。

 父の実家に良く預けられていました。祖父母は良くかわいがってくれました。

 特に祖母は料理や掃除片付け、

 知っておくと生活に困らない事をたくさん教えてくれました。

 祖母は何をするにも何を教えるにも楽しそうにしていたので、

 あの頃は気付かなかったけれど、今思うと、

 私の事を想って、必要な事を教えてくれていたのだと思います」


「美海さんの原点だね」


呟くように滝氏が言った。感心しているようだった。

そうですね。と返事をしながら、

あぁ、そうか。と心の中で新しい発見に納得する。

「原点」そんなことを今まで考えた事も無かった。

彼の言う通り、祖母の教えてくれた事の全てが今の私をつくるための、

まさに、原点だ、と。


「父方の祖父母は、私が大人になってから

 『あんたの事をもっと可愛がってあげたかったけど、

  あんたばかりを可愛がると好実さんに気が引けてね。

  二人とも同じように可愛がってたつもりだけど、

  あんたには愛実より寂しい思いをさせてしまったかもしれないね』

 と言われた事があります。

 私はその言葉をどう受け止めたら良いかわからなくて・・・

 なんだか、私の存在がみんなに窮屈な思いをさせているように感じて、

 おばぁちゃんたちには申し訳ない気持ちが先に立つようになっていたけど、

 そっか、そうじゃなくて・・・」


「うん、ありがとう。だね」


手に持ったグラスの、3分の1のアップルジュースから顔を上げて、

滝氏を見る。本当に不思議な人だ。


「・・・ありがとう。ですよね」


「うん」


本当に、不思議な人だ。



つづく。。。

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『MIMI』第20話・雲野詩子

MIMI  -ミミと美海と滝さんについて-


     第20話


「・・・ちがうんです」


悪いのは私で、謝らなくてはいけないのは父で、

話を聞いて欲しいのは、今目の前にいる人。思いを出してしまいたい。


だけど・・・


滝氏は下を向いた私の頭を一度やんわりと撫で、

その手で軽く背中を押した。


「美海さん、座ろうか」


そう言って私をソファーに座らせると、その隣に彼も座った。

少しの間をおいてから、滝氏は丁寧に言葉を繋いだ。


「今、大切なのはね。美海さん、あなたが話したいか、

 そうでは無いかということ。

 内容が話すべき事かどうかの必要性では無く、

 あなたが、隣にいる僕に話したいかどうか。じゃないかな?」


その彼らしい言い方が、胸の奥の方に沁みる。

鼻の奥がつんっとして止まりかけていた涙が、またあふれて来た。

先生だからなのか、私よりもずっと大人だからなのか

彼だから、なのか・・・


ただ黙って泣いている私の状態を、彼なりに受け止めてくれているのだろう。

きっと、私の心の動きを想定し、気持ち考慮して、

彼が今私に対して考えている事を正直に伝えてくれているのだと思う。

「話したいなら話して」と簡略化することもできたのに、そうはせずに。

話したい。きっと上手くは話せないけれど


「でも・・・」


彼にとって迷惑では無いだろうか。

そんな事を言うともう既に今迷惑をかけているのだけれど。


「でも、は何か言い分けや、否定の理由付けをする時に使う言葉だよ。

 その中にある、気持ちを押し殺すための納得のいく理由は、

 今要らないんじゃないかな。探してしまう気持ちはわかるけどね。

 話したいけど、でも。なら、気持ちは明確だよね」


「・・・はい。話したいです。滝さんに」


鼻をすすりながら素直にいった。


「うん」


頷いて彼は、幼い子どもにするように私の頭をよしよしと撫でた。


「ちょっと待ってて」


と言いながら風呂場に行き、タオルを持って来た。

タオルを私に渡した後、食器棚からグラスを二つ取り出して、

冷蔵庫からアップルジュースを出して来て、またソファーに戻って来た。


「はい。一口でも飲んで」


言われた通りにアップルジュースを一口飲む。

冷たくて、甘くて、優しかった。


「それで、どうしたの?」


タオルで顔を拭きながら滝氏に話し始めた。


「き、今日父から着信があって、私、気付かなくて、

 それで、電話待ってるってメールも来て、でもまだ連絡してなくて・・・

 じ、実はまだここで働いている事、話してなくて、

 前の仕事を辞めた事も・・・どう話していいかわからなくて」


話し始めたのは良いが、何をどこまでどう話したら良いのか考えあぐねる。

とにかく、一つだけお願いをしておかなくては。

まぁ滝さんのことだから、心配無いとも思うが・・・


「あの、愛実には、愛実や翔君は知らない事なんです。

 だから、あの、知られたく無い事なんです、だから・・・」


「わかった。だれにも話さないよ」


ほっとするはずの、彼の答えに、どくんっと心臓に緊張が走る。

秘密を打ち明ける準備を整えてしまった。


「お、おねがいします」


「うん」


つづく。。。

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『MIMI』第19話・雲野詩子

MIMI  -ミミと美海と滝さんについて-


     第19話

父から着信が入っている。

用件はきっとあの事だ。わかっている。

折り返さないと行けないとは思っているのだが、気が進まずにいる。

気が進まない理由は用件にあるのでは無く、

滝邸で家政婦をしている事をまだ父に報告していないからだ。

前職をやめた事すら言っていない。

もう、一年以上経つのに。


「三十代の独身男性の家に住み込みで」


とは、親にはさすがに言いにくい。




年に一度、父と二人で出かける用事がある。

6歳の頃からずっと、欠かさず毎年。

その事は、妹の愛実は知らない。

母の好実は知ってはいるが、私にも、多分父にも、

その事について問うた事は無い。黙認、と言える。



毎年父と一緒に出かけていたのだが、

昨年は仕事の事を父に切り出す事ができず、一人でこっそり出かけた。

その次の日父から電話があった。


「一人でいったのか?」

「ごめん、今ちょっと忙しくて父さんと時間合わせられそうになかったから・・・」


嘘だった。


「・・・そうか。でも来年は一緒に行こう。

 もう、一年以上お前の顔を見ていない。

 家に帰って来いとは言わないから」


電話越しにも父の寂しさが伝わって来た。

本当は、盆正月くらいは帰って来い。と言いたいのを父は、

今まで一度も言わずに飲み込んで来た。

その父の心情を想うと、申し訳ない気持ちと、

それとは折り合いのつかない様々な感情が、心に波を立てる。

父の事は大好きで、大切で、私も会いたいとは思っている。

理解のある人なので、話せばちゃんと受け入れてくれる事もわかっている。

父は本当に用心深く私の事を見ていてくれて、

意味の無い事は一切言わず、必要な時に必要な事だけを伝えてくれる人だった。

それは今でも変わらない。

電話をして、予定を合わせて、今年は一緒に行かなくては。と思ってる。

実母、洋海(ひろみ)のお墓参りに。


 産みの母である洋海は私が1歳をむかえてすぐに亡くなった。

一年後、周囲の勧めもあり父は育ての母になる義母好実、

(現在の母)と再婚したそうだ。

実母が亡くなった時に、私は実母の両親(私から見て母方の祖父母)

が引き取るという話が出たのだが、父は頑に自分で育てると言い張ったのだと、

残念そうに祖父母が話してくれた事がある。

その父母とも年に一度、お墓参りの後に実母の実家に立ち寄り会うのが、

私と父の慣例である。

そして私は父と母の記憶の写された写真のアルバムを開く。

まだ首の座らない私を笑顔で抱く母を、

その姿を撮る若き日の父の存在を、見つめる。

年を重ねる毎に、娘の洋海に似て行く私を祖父母はたまに

「洋海」と呼び間違えていた。

祖父母は、気付かない。無意識に呼んでいるから。

子どもながらに、私はその事を受け流した。

「なぁに?」と。

私は美海だよ。おばぁちゃん。おじぃちゃん。

などと、言った覚えが無い。今もこれからも言うつもりは無い。


嫌だと思わないから。

彼らにとって自分が大切な存在であると、

嬉しく思う気持ちがどこかにあるのかもしれない。

その祖父母とも、昨年は一人でこっそりお墓参りに行ったため、

会わず終いとなってしまった。



「ただいま」


滝氏の声がすぐ側で聞こえて驚いた。

テーブルの向かい側から、私の顔を覗き込んでいる。


「あれっ滝さんお帰りなさい。いつのまに」


携帯電話とにらめっこしている間に、思いの外時間が経っていた。

滝氏が帰宅しダイニングに入って来た事すら気付かなかった。

慌ててお茶を淹れようと立ち上がる。

棚から茶筒を取り出すと、それを後ろから滝氏が取り上げた。


「大丈夫?具合悪いんじゃない?無理しなくて良いよ」


優しい声が降ってきた。

見上げると、滝氏が心配そうに私を見ている。

大丈夫です。

その、たった一言が出て来ない。

ほろりと目から涙が落ちて、止まらなくなった。

どうして泣いているのか自分の気持ちが掴めず戸惑った。

滝氏も驚いていた。

驚いてはいたがさすがと言うべきか、

とても冷静に落ち着いた声で、私に尋ねてくれた。


「どうしたの?何かあったの?」


何でもありません、大丈夫です。と言い切ってお茶を淹れないと。

そう頭の端っこの方では分かっている。

けれど、心の中のモヤモヤを、

彼に聞いて欲しいという思いに駆られて、

でも、そんな事は人に話すような事では無いという考えが、

声を出す事を許さ無かった。


「美海さん、大丈夫?」


彼は私の目をまっすぐに見つめて聞いた。


「どうしたの?僕が・・・」


悪い事したかな?

と彼は言うだろうと予測できたので、その言葉を遮った。


「あー・・・ちがっ・・・」


弱く首を横に振る。

ゆっくりと彼から視線を外して下を向いた。


「違うんです」




つづく。。。

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『MIMI』第18話・雲野詩子

MIMI  -ミミと美海と滝さんについて-


     第18話

「あなた、香川さん。帰ってたんだね、久しぶり」


「はい!無事、カナダから帰国しました!

 報告が遅くなってすみません。

 四月から大学に入学したんですけど、滝先生にはなかなか会えなくって。

 紹介していただいたホストファミリーの方々にも本当に良くしてもらって!

 滝先生のおかげです!本当にありがとうございました!!」


どうやら留学していた滝氏の教え子のようだ。


「楽しかった?」


「はい!もうっ今すぐ戻りたいくらいです!」


「それはよかった。ローレン夫妻は元気だった?」


「はい、とっても!いろんな所に連れて行ってもらいました。

 また会いに行きたいです」


「僕も久々に会いたいな。そういえばこの大学に通ってるの?

 もし良かったらまた僕の講義も聞きに来てね。

 まぁあまり重要な講義ではないから無理にとは言えないけど」


「いやいやいやいや!先生の講義めちゃくちゃ人気なんですよ!

 なかなか席が取れなくて」


「そうなの?」


「そうなのって自分の事なのに!滝先生相変わらずですねぇ」


「そうかな?」


「そうですよ。私だって先生の講義に行けば帰国の報告もできるし、

 と思って何度も予約入れようとしたんですけど受付開始10分で満席で、

 なっかなか取れないんですよ!

 先週やっと来月の第一週の土曜のが取れたんですけど、

 30分前からパソコン開いて受付開始に備えて、やっとですよ!

 大体、人気ある割に席が少ないのが問題だと思います。

 もっと大きな講堂にしたらいいのに!

 高校時代には当たり前のようにほぼ毎日受けてた滝先生の授業が、

 大学に行くとこんな事になってるなんて、びっくりです!」


活き活きと、表情豊かに身振り手振りを付けて話す女の子で、

とても可愛らしかった。

滝氏の事をとても信頼し慕っているのが良くうかがえた。

滝さん本当に先生なんだなぁ。

としみじみ思う。しかも人気講師。

バレンタインの時のチョコの山を思い出した。

・・・いろんな意味で人気なんだな・・・


先生にお土産があったんですけど今日会えると思ってなかったから

 持って来てなくて。来月の講義の時に持って行きますね!」


「ありがとう」


「私これからバイトなんで、引き止めてすみませんでした。

 では、また!」


そう言って滝氏に手を振って、私を見て軽く会釈をして、

慌ただしく走って行った。

私は会釈をされた事に驚いて慌てて一礼を返した。

滝氏は軽く手を振り、回れ右をすると「行こうか」と私に目で合図する。

一緒に駐車場に向かって歩き出す。


「彼女は香川立花(かがわりつか)さん。一昨年まで高等部の方にいて、

 三年間美術部で、三年生の時は副部長をしていたんだよ。

 留学しようか迷っている時に僕に相談に来てね。

 僕は英語の教員で、副顧問だったから」


「・・・副顧問?美術部のですか?」


「そうだよ。言ってなかったかな?」


「初めて聞きました」


聞いてないよ!

知らなかった。美術部の副顧問だなんて。

バスケ部とかサッカー部と言われるよりは、頷けるが。

美術部、副顧問。

まぁ顧問ではなく副顧問はいれば良いくらいのもので、

専門知識は必要無いんだろう。きっと。多分。


「元気になって帰って来てくれて良かった」


ん?何か話の大事な所をすっ飛ばしているな?

滝氏は時々こういう気にかかる言い方をする。

つっこんで聞いてみて良いものか・・・今日は聞いてみよう。


「元気に『なって』ですか?」


「うん、カナダに行く事になるまで色々あってね、

 出発前半年間くらいずっと元気無かったんだよね」


ほうほう、それでね。「いろいろ」は聞かない事にしよう。

もう、プーさんまで10mくらいの所まで来ているし。

かの彼女のプライベートな事だろうから。


「へー。・・・それでは滝さん私はここで」


「うん、ありがとね。気を付けて」


「はい」


ずぅぅぅと後になって知る事になるのだが、

この日をきっかけにこの学校では、

私は滝氏の奥さんであるという噂が出回ったらしい。

ただ散歩した事だけが原因では無く


「一緒にいた人は誰?」


との学生方の質問に


「家の者」


と答えたためだそうだ。

間違ってはいないが・・・ 


つづく。。。

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