MIMI -ミミと美海と滝さんについて-
第26話
「だけど一番良かったのはね、その日の天気や、
季節の移ろいによる空気の変化を感じられる事なんだよ」
一瞬?を頭の上に3つ浮かべて首を傾げたが、
すぐに電車通勤の話しか、と合点がいく。
「それはとても良い事ですね。
あ、ここ右の車線に入っててください」
「もう曲がるの?」
「いえ、高速の入り口の手前で四車線になるので、
右に入っていた方が良いと思います。
昼でも交通量の多い道ですし」
「直前だと車線変更しにくいんだね」
「はい」
「そういえば、私も滝さんの所に来るまでは、
季節を感じるってことあまり無かったです。
家具屋だったので季節に応じた商品が入って来て、
春だな、とか冬だなとかあるんですけど、
滝邸では庭の木々や光の角度・・・
なんていうか、四季を空気を通じて五感で感じられます。
本当に良いところですよね。
初めて裏庭の竹やぶで竹の子を掘った時なんて、
なんていうか、うーん、楽しくて感動しました。
あ、途中運転変わりますどこかで休憩しましょう」
「そうだね。どこかでお茶したいよね」
「そうしましょう」
「あの庭は父が造ったんだよ。母屋と書斎の間に桜と楓。
塀を低くして金木犀を並べて、
花の時期にあの香りがあたりに漂う。
入り口に蠟梅もあるでしょう。あれもとても良い香りだよね。
母はせっかくなら梅とか実のなる木が良いと言っていたけど」
「あ、それで裏庭には畑と竹やぶに、
屋上にも元気なハーブ畑があるんですか?」
「屋上のハーブはかおるさんだよ。
そして竹やぶは自生してたもの。
裏庭に畑・・・がある事は今知った」
「・・・あぁ」
それで荒れ放題だったのか。納得。
「家はね、僕が幼い頃は木造の平屋だった。
室内は畳張りで、襖に障子ガラス戸。雨戸に縁側。
古い日本家屋の造りでね。
春には縁側で花見、夏には竹で流しそうめんもしたな。
冬には落ち葉を集めて焼き芋をしたり。
仕事柄、書斎に籠るか旅に出るかがほとんどで、
家で僕らの相手をする事はあまり無かったけどね」
「へー・・・かおるさんも言ってましたけど、
本当にすばらしいご両親ですね。滝さんのご両親は。
お会いする事ができないのが残念です」
「ありがとう。ぼくも、そう思う」
そういった滝氏の横顔が、嬉しそうに見えた。
高速を降りてすぐの所で休憩をして、運転を交代した。
途中できっと眠たくなるだろうと思っていたのだが、
なんだかんだと会話が続き眠たくなる暇はなかった。
運転を交代して一時間弱。宿泊するビジネスホテルに到着。
カウンターでチェックイン。
「お疲れ様。おやすみ美海さん」
「お疲れ様でした。おやすみなさい」
軽く挨拶を済ませ、向かい合わせの部屋にそれぞれ入って行った。
部屋で一人になると、つい明日の事を考えてしまい緊張する。
翔君と愛実の言っていた、
結婚報告だの初顔合わせだのが思い出されて一人で舞い上がる。
慌てて、ちがうちがうと頭を振る。
振りながら、だけどいつかそんな日が
(もう27歳なのでできれば近い未来に)
来ると良いなと願う。
もちろん相手は
今向かいの部屋で眠っているだろう人。
「いやーでもなー・・・」
などと意味の無い事を呟きながら、
気持ちをごまかしてみても、浮ついた心は静まらず。
その日はなかなか寝付けなかった。
つづく。。。
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