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うたたね♪日記

元・絵本カフェ詩多音オーナーのブログです。 現在は、絵本をつなぐ活動の  心 色~ココカラ~ メンバーとして活躍中!!!

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『MIMI』第19話・雲野詩子

MIMI  -ミミと美海と滝さんについて-


     第19話

父から着信が入っている。

用件はきっとあの事だ。わかっている。

折り返さないと行けないとは思っているのだが、気が進まずにいる。

気が進まない理由は用件にあるのでは無く、

滝邸で家政婦をしている事をまだ父に報告していないからだ。

前職をやめた事すら言っていない。

もう、一年以上経つのに。


「三十代の独身男性の家に住み込みで」


とは、親にはさすがに言いにくい。




年に一度、父と二人で出かける用事がある。

6歳の頃からずっと、欠かさず毎年。

その事は、妹の愛実は知らない。

母の好実は知ってはいるが、私にも、多分父にも、

その事について問うた事は無い。黙認、と言える。



毎年父と一緒に出かけていたのだが、

昨年は仕事の事を父に切り出す事ができず、一人でこっそり出かけた。

その次の日父から電話があった。


「一人でいったのか?」

「ごめん、今ちょっと忙しくて父さんと時間合わせられそうになかったから・・・」


嘘だった。


「・・・そうか。でも来年は一緒に行こう。

 もう、一年以上お前の顔を見ていない。

 家に帰って来いとは言わないから」


電話越しにも父の寂しさが伝わって来た。

本当は、盆正月くらいは帰って来い。と言いたいのを父は、

今まで一度も言わずに飲み込んで来た。

その父の心情を想うと、申し訳ない気持ちと、

それとは折り合いのつかない様々な感情が、心に波を立てる。

父の事は大好きで、大切で、私も会いたいとは思っている。

理解のある人なので、話せばちゃんと受け入れてくれる事もわかっている。

父は本当に用心深く私の事を見ていてくれて、

意味の無い事は一切言わず、必要な時に必要な事だけを伝えてくれる人だった。

それは今でも変わらない。

電話をして、予定を合わせて、今年は一緒に行かなくては。と思ってる。

実母、洋海(ひろみ)のお墓参りに。


 産みの母である洋海は私が1歳をむかえてすぐに亡くなった。

一年後、周囲の勧めもあり父は育ての母になる義母好実、

(現在の母)と再婚したそうだ。

実母が亡くなった時に、私は実母の両親(私から見て母方の祖父母)

が引き取るという話が出たのだが、父は頑に自分で育てると言い張ったのだと、

残念そうに祖父母が話してくれた事がある。

その父母とも年に一度、お墓参りの後に実母の実家に立ち寄り会うのが、

私と父の慣例である。

そして私は父と母の記憶の写された写真のアルバムを開く。

まだ首の座らない私を笑顔で抱く母を、

その姿を撮る若き日の父の存在を、見つめる。

年を重ねる毎に、娘の洋海に似て行く私を祖父母はたまに

「洋海」と呼び間違えていた。

祖父母は、気付かない。無意識に呼んでいるから。

子どもながらに、私はその事を受け流した。

「なぁに?」と。

私は美海だよ。おばぁちゃん。おじぃちゃん。

などと、言った覚えが無い。今もこれからも言うつもりは無い。


嫌だと思わないから。

彼らにとって自分が大切な存在であると、

嬉しく思う気持ちがどこかにあるのかもしれない。

その祖父母とも、昨年は一人でこっそりお墓参りに行ったため、

会わず終いとなってしまった。



「ただいま」


滝氏の声がすぐ側で聞こえて驚いた。

テーブルの向かい側から、私の顔を覗き込んでいる。


「あれっ滝さんお帰りなさい。いつのまに」


携帯電話とにらめっこしている間に、思いの外時間が経っていた。

滝氏が帰宅しダイニングに入って来た事すら気付かなかった。

慌ててお茶を淹れようと立ち上がる。

棚から茶筒を取り出すと、それを後ろから滝氏が取り上げた。


「大丈夫?具合悪いんじゃない?無理しなくて良いよ」


優しい声が降ってきた。

見上げると、滝氏が心配そうに私を見ている。

大丈夫です。

その、たった一言が出て来ない。

ほろりと目から涙が落ちて、止まらなくなった。

どうして泣いているのか自分の気持ちが掴めず戸惑った。

滝氏も驚いていた。

驚いてはいたがさすがと言うべきか、

とても冷静に落ち着いた声で、私に尋ねてくれた。


「どうしたの?何かあったの?」


何でもありません、大丈夫です。と言い切ってお茶を淹れないと。

そう頭の端っこの方では分かっている。

けれど、心の中のモヤモヤを、

彼に聞いて欲しいという思いに駆られて、

でも、そんな事は人に話すような事では無いという考えが、

声を出す事を許さ無かった。


「美海さん、大丈夫?」


彼は私の目をまっすぐに見つめて聞いた。


「どうしたの?僕が・・・」


悪い事したかな?

と彼は言うだろうと予測できたので、その言葉を遮った。


「あー・・・ちがっ・・・」


弱く首を横に振る。

ゆっくりと彼から視線を外して下を向いた。


「違うんです」




つづく。。。

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