MIMI -ミミと美海と滝さんについて-
第16話
「着いた?今行くからそこで待っててね」
待ち時間。
なにとも落ち着かず、車から降りて彼を待った。
2、
3分ほどでやって来た滝氏は手に紺色のエコバッグを下げていた。
モコモコと何か入っている様子。
「美海さん、迷わなかった?そう、よかった。
うん、これで間違いないよ。ありがとう。
お腹すかない?サンドイッチ買ってあるんだ。
一緒にどう?時間ある?」
そう言ってエコバッグを軽く持ち上げる。
想定外のお誘いに、数秒、脳が停止。・・・?
「大学の構内にあるパン屋さんのなんだけど、
食パンじゃなくて胡桃入りのバゲットに具を挟んでて、
美味しいんだよ」
クルミのバゲット?! おいしそう!即答で
「いただきます」
・・・あぁ、胡桃入りのバゲットに釣られてしまった・・・
駐車場から少し歩くと、
秘密の花園のようなイングリッシュガーデンがあった。
「僕はここ気に入ってるんだ。高校と大学の中間くらいにあって、
校舎から少し遠いからあまり人が来ないみたい。
もう少ししたらバラが咲いて、とてもきれいだよ」
「ほんとだ、蕾が出てる。良い庭ですね、
良く手入れがされていて」
「学長の趣味みたいだよ。
このガーデンには専門の庭師を雇ってる。
あのベンチに座ろうか」
遠くでチャイムの音が聞こえた。
雑音の中にはしゃぐ声が混じる。
きっと今からお昼休みに入るんだろう。
この庭からは、何も見えない。
「はい、美海さんの」
「あ、本当だ。胡桃が入ってる、美味しそう!」
「でしょ?グレープフルーツでよかった?リンゴも買ったけど」
滝氏がエコバッグからジュースのパックを取り出した。
いつも滝邸の冷蔵庫にはグレープフルーツとリンゴのジュースが入
っていて、
大抵、滝氏がリンゴ。私がグレープフルーツ。
でも決まりじゃないので反対になったり一緒になったりもする。
「グレープフルーツで。ありがとうございます」
受け取りながら滝氏の手元のエコバッグをみつめた。
何度見ても、ラブリーだ。
「本当に、使ってるんですね、そのエコバッグ」
「もちろん。使わないのに貰ったりしないよ?」
「だって使ってるの初めて見ました」
「そうだね、家では使わないから。でも学校では重宝してるよ」
「それはよかった」
そのエコバッグは2ヶ月くらい前に私が私のために買って来たもの
だ。
よく行く駅前の雑貨店では、
地元のアーティストの手作り小物を多く扱っている。
その中の染め物の作品の一つだった。
紺色の布に白い染料で細かくレースのような花の模様が描かれてい
る。
一目で気に入って購入。
家に帰ってからソファーの上に上着と一緒に置いておいたところに
、
滝氏が帰って来てそれを発見。
「このエコバッグ良いね」
彼も一目で気に入ったらしい。
「同じもの僕にも買って来てもらえないかな?」
手作りものはまったく同じものは無い事が多い。
その旨を伝えると少し考えて
「何かと交換しない?クリスタルの地球儀とか」
クリスタルの地球儀は、彼が寝室の本棚の上の方に飾っていて、
野球ボールほどの大きさの、大切にしているものである。
結構値の張るものでもあり、
エコバッグと交換するような品では無いように思うのだが。
よほど気に入ったらしい。
「要るなら差し上げます。私地球儀要りませんし」
「本当に?じゃぁ、」
「いえ、お金も要りませんよ。でも大事に使ってあげてください」
そう言って彼にエコバッグを渡すと
「うん。ありがとう。探してたんだよ最近、こんな感じの袋」
と、嬉しそうに笑った。
袋って、エコバッグを袋って・・・袋だけど。
まぁ、本人が良ければ文句は言えないが。
男の人が持つには可愛らし過ぎるのでは?と思っていたが、
しかしなんともよく似合っている。
その前にも似たような事があって、
今私と滝氏はお揃いのルームシューズを履いている。
ただそのルームシューズを彼は書斎で使っているので、
まだ今のところ、愛実と翔君にはバレていない。
「おいしい?」
「ええ。とっても」
「そう、よかった」
「大学ってこんな美味しいパンのパン屋さんがあって、
こんな良い庭があるんですね」
「良い学校だよね。僕の行ってた大学には、
学食やカフェはあったけどパン屋は無かったな。
美海さんは大学行ってないんだったかな?」
「はい。高校卒業してすぐ働き始めましたから」
「行きたいとは思わなかったの?」
うおっとぉ、正直には答え辛い質問だ。
早く自立したかったとか、家から出たかったとか・・・
その理由とか・・・うーむ・・・
滝氏は妹の愛実は大学を卒業している事を知っているので、
姉の私は自分の意志で進学しなかったのだと思っているようだ。
もしかしたら愛実がそう言ったのかもしれないが。
行かないと決めたのは、確かに自分の意志。
だけど、行きたいと思わ無かった訳では無い。
行きたい学校もあった。でも受験しなかった。
その時の状況や心情は、
進学せず働き始めた理由は人に話したく無い。いや、
多少複雑で話すのが難しい。きっと、上手く話せない。
・・・だから、話したく無い。
「・・・色々考えて・・・まぁ・・・」
ほら、良い答えは浮かばない。上手いウソすら出て来ない。
「そう。そう言えば今日はミミはプーさんに乗って来なかったの?
」
気持ちを察してくれたのか話題を変えてくれた。
気を遣わせてしまった。でも助かった。
「えぇ、珍しく。今日は乗ってきませんでした。
おかげで順調に出発できましたよ」
「目的地が僕の所だったからかな?」
そうだ、それでだ!思わずニヤリと顔が歪む。
その顔を見られた後で「いやいや、そんなことは・・・」
なんて取繕って言ってみたって説得力は皆無だ。
まぶたをぱちぱちしながら目を逸らした。
「・・・そうだね。」
あぁ・・・何も言っていないのに心の声に返事をされてしまった。
なんともふがいない。
「ところで、せっかくだから構内少し散歩して行かない?
僕もあと30分くらい時間あるし」
特に深く考えずに、
ちょっと見学したいと言う気持ちもあったので、
ついて行ってみる事にした。
http://
[0回]
PR