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うたたね♪日記

元・絵本カフェ詩多音オーナーのブログです。 現在は、絵本をつなぐ活動の  心 色~ココカラ~ メンバーとして活躍中!!!

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『MIMI』第14話・雲野詩子 

MIMI  -ミミと美海と滝さんについて-

      第14話

「ええ、海に行った帰り道です。

 前の仕事を辞めて、毎日ぼんやり過ごしていて。

 たまに電車に乗ってこの近くの海にぼんやりしに来ていたんです。

 ここから歩いて30分くらいの海岸が結構お気に入りで、

 ふらふら散歩するのも好きで、歩いてたんです。この辺。

 そろそろ次の仕事考えないとなーって思ってた時に、

 この滝邸の門の横っちょに家政婦募集のはり紙があって、

 後から考えると家政婦専門の派遣に登録したりした方が・・・

 と思いましたが、その時は何も考えずに電話して面接に来てしまって。

 おやつに釣られて、気付いたら住み込んでたんです」


聞いていた滝氏は声をこらえて、腹を抱えて笑っていた。

笑い事ではありません。と言いたくなったが、

かおるさんがいるので睨むだけにしておいた。

かおるさんの方は、あら、とか、まあ、とかいいながら聞いていたが、

おやつのくだりがよく分からなかったらしく、

おやつに釣られてってどういうことかしら、と質問した。


「滝さんが、おやつ代も出してくれるって言ったので、

 安易にラッキーと思ってしまったんです」


「・・・まぁ」


かおるさんは目をぱちくりさせた。


「いや、世間知らずとかでは無くて、今考えても私アホみたい、

 っていうかなぜそうなったかわからないんですけど、

 あの時はそれが自然ななりゆきみたいに・・・」


自分で話していて混乱して来た。


「・・・すみません、何も良く考えていなかったんです」


目をぱちくりさせていたかおるさんは、一度滝氏の様子を見てから、

ふふふ、と笑った。


「美海さんは可愛らしい方ね。やはり想像とはちがうわね」

「どんな想像をしていましたか?」

「いえね、気を悪くしたらごめんなさい。もっとしっかりした、

 というか、色々と細かい方なのかと思っていました」

「あ・・・・・はぁ・・・」


か、かおるさん、そんな本当の事を・・・

確かに、しっかりどころか、ぼやっとしていて色々適当ですが・・・


「漣太朗さんこんなんだから」


!!


こ、こんなん?!なんとなく言いたい事は分かるけど、こんなんって。

かおるさんさすが・・・なかなかやるな。


「あら、失礼。本人の前で」


わざとらしく驚いた顔をしてから、ニヤッと笑って滝氏を見る。


「構いませんよかおるさん。こんなんとはどんなんでしょうか?」


彼は彼でわざと真面目な顔で受け答える。


「そう?じゃぁ失礼して」


というと私の方に向き直った。


「漣太朗さんって仕事人間でしょう。それなりに真面目ではあるけど・・・

 正直、気の利く方でも無いし、のぺーっとしているようで、

 世の中を斜めから見ているような所があるでしょう。

 見てないふりしてよく観察していたり。

 意外に素直な所もあって信用できる人間ではあるんだけど、

 だけど、まぁ正直、性格が良いとは言えないわよね。

 ・・・で、私何が言いたかったのかしら・・・」


・・・かおるさん、そんなにはっきりと本当の事を淡々と。

まったくもってその通りだと同感できる事ばかりだけど・・・

白川かおるさん、恐るべし。と、この時から私の頭の中に刻み込まれた。

滝氏はというと、かおるさんよくご存知ですね。なんて、

さらっと笑いながら返している。

きっといつもの事なんだろう。


「・・・えと、あの、私が想像とは違う、と言う事について、

 だったと思いますが」


一応話を戻してみる。

かおるさんが私をどういう風に感じているのか、やはり気になる。


「そうそう、美海さんの話だったわ。

 もっときつい・・・細々した女性だと思っていたのよ。

 料理が上手で気が利いてきれい好きの言うことなしの家政婦さんだって、

 漣太朗さんが手紙に書いていたから」


素直に受け取っていいのか分からない。

二人の間柄を考えると、

滝氏としてはかおるさんに心配をかけさせないように。

と思ってそう書いただけで、

現実の私にそう思っているかどうかは別なのでは無いかと勘繰ってしまう。


「はぁ、そうですか」


淡々とした返事をする。


「でも、あなたは柔らかい雰囲気で、

 小さな事に動じない芯のしっかりした所がありそうだわ。

 何でもできるような女性って、

 妙なこだわりがあったり、細々と注文が多かったり、

 気が利く代わりに他人にも求めてしまうもので、

 愚痴が多かったり、してしまうものだから」


『気が利いて言うことなしの家政婦』と言うのは、

かおるさんから見ると滝氏の思いとは裏腹に心配のタネになっていたようだ。


「美海さんで良かったわ、安心した。

 漣太朗さんって本当にマイペースを貫く人だから。

 あなたのようにやんわりと受け入れてくれる人が側にいてくれると安心だわ」


ちょっと、ちょっとかおるさん。

そう言うセリフは、彼の恋人や奥様になる人にいうべきかと思いますが。

私はいつ出て行くかも分からないただの新人家政婦ですよ。

と心の中でブツブツ言ってみたが、

かおるさんを安心させたい滝氏の子心(?)を考慮して口には出さない事にした。


「そう言っていただけると、安心して私ここに住んでいられます」


と言っておいた。本当は愚痴は多いし、

少しの事にもビクビクするし、大して気も利いていませんよ。

などなど大変ネガティブで卑屈な気持ちを持っているのだが、

そう言う気持ちを口にする事で、

他人に不快な思いをさせてしまう事を知らない歳では無い。

もちろん経験上、社会に出て接客の仕事をして来たので、

対人における心と言葉のやり取り、駆け引きのようなものは多少身に付けている。

それによって頭でっかちになって、愛実の言うように考え過ぎで、

行動に移す事ができない場面がたくさんある。

・・・まぁこういう性格なので仕方が無い。

変える努力をするより、受け入れる方が意外と大事だと言う事も、

より難しいと言う事も、もう知っている。


「漣太朗さんの事よろしく頼みますね」


「え、あ、はぁ・・・」


滝氏はというと目の前でそんな会話が繰り広げられているにもかかわらず、

素知らぬ顔で花を眺めている。

椅子に深く腰掛けて、ぼんやりと。

両手に包むようにして湯呑みを持ち、組んだ足の上においている。

まるで、初老のおじいさんの様だ。

聞いているのかいないのか、何を考えているのやら・・・


「本当に、漣太朗さんはこんなんだけど、悪い人では無いのよ」


初老のおじいさんのような滝氏を見ながらかおるさんは言う。

ちょっとおじいさんしっかりして下さいな!

とでも言いたげなかおるさんの顔。思わず吹き出した。


「ぷっあははははっ!分かります。かおるさん。

 悪い人では無いって事だけは」


私はかおるさんの方を向いていたのだが、

視界の端で滝氏がこっちを向いたのがわかった。

私が笑い出したのに驚いたのだろうか。

そう言えば彼の前でこんなに声を出して笑ったのは初めてかもしれない。


「滝さんにはこんなに想ってくれるお母さんのような方がいるなんて、

 素敵ですね」


「僕もそう思う」


何とも他人事のように滝氏が相づちを打つ。

まったく。

かおるさんと私が同時に滝氏の方を見る。

弾かれたように彼は大きく口を開けて笑った。


「二人、同じ顔してるよ」


手の甲で目の下をこする。


「おかしいね、本当に。涙出て来た。(笑い過ぎで)」


かおるさんと私はあきれ果ててしまった。


「おかしいのはあなたの方ですよ」


一瞬自分が言ったのかと思ってびっくりした。

よかった、かおるさんだった。

それにしてもかおるさんの言葉は見事と言うべきか、

皮肉たっぷりのセリフが、何とも小気味良い。

そして滝氏はと言うと、はいはい、そうですね。

なんて言いながらまだ笑っている。

あぁ、平和だなと思うと顔がゆるんだ。

もう、何年も昔から、

この人達とこんな穏やかな時間を過ごして来たような、

安心感。

よく晴れた春の日の午後。八分咲き。

程よい見頃の桜を見ながら、

ただただ、楽しい時が過ぎて行った。




その夜かおるさんは私の部屋の隣の客室に泊まり、

次の日滝氏は朝から仕事だったので、

朝食の後、私がかおるさんを自宅まで送って行った。

もちろん、滝氏の愛車のプーさんで。


かおるさんが帰った次の日は雨だった。

この雨でまだ蕾の花が開き、雨があがるころ

庭の桜は満開を迎えるだろう。

つづく

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