MIMI -ミミと美海と滝さんについて-
第11話
彼の愛車である国産ハイブリッドカー(色は白)を私たちは
「プーさん」と呼んでいる。
私たちとは、時枝夫妻と私と滝氏だ。
大きな物を買う時や、食料品をたくさん買い込むときなどに、
いつもプーさんを借りて買い出しに向かう。
ある日、愛実と話していた時につい、
「滝さんは電車通勤だよ。プーさんは私が乗る事の方が多いと思う」
と言ってしまった事がきっかけで、あっ、と言う間に滝氏まで使うようになった。
プーさんの由来はもちろん、車の名前の頭文字が、「P」だからだ。
私が勝手に(心の中で)使っていた呼び名だったので、
滝氏に車を借りると伝えるときも、
「今日車借ります」
と言っていたし、口に出さないように一応気を付けていたのだが、
うっかり愛実に口を滑らせてしまったがために、
次の日にはもう滝氏の口からその呼び名が出て来た。
「今日プーさん使うの?」
といった具合に。
あまりにも自然に言うものだから、私もフツウに
「あ、はい今日はクリーニングを取りに行くので、かります」
とうっかり答えてしまった。答えてしまった後で、
あれ?なぜ?と考えてみて、
愛実>>翔君>>滝氏
という連絡網のような図を思いついた。
まっっっったく呆れるほど情報伝達が上手ですね!
と皮肉を心の中で呟きながら滝氏を睨んでみた。
視線に気付くと、あなたの考えてる事はお見通しですよ。
という余裕の笑み(だと私には思えた)を返された。
ところで、ミミはプーさんが好きだ。
買い物に行こうと私が運転席のドアを開けると、
素早く後部座席に乗り込む。
もちろん、車内における上座に位置する場所に、だ。
大変困る。
買い物に行く時に車にミミを置いて行くのは、
やはり心配になるのでゆっくりと落ち着いて買い物する事ができない。
一応窓は少しだけ開けて行くようにはしている。
鍵が遠くに行くと窓が自動的に上がって、
閉まってしまうような仕様になっていなくて良かったと思うが、
不用心この上無い事も確かだ。
買い物が長引くと、ミミよりもプーさんの方が、
車上荒らしに遭っていないかの心配の方が勝ってくる。
なので長くゆっくり買い物したい時は無理矢理ミミを降ろして行く。
そういう日は大抵、機嫌が悪い。
夜、部屋に戻ると必ず、いつもの肘掛け椅子では無く、
私のベッドの枕の上に丸まっている。
嫌がらせのつもりらしいがかわいくてしょうがない。
だから丸まったまま動かないミミを抱き込んで一緒に寝てしまう。
冬は湯たんぽみたいでとても暖かい。
ミミとの付き合いは私よりも滝氏の方が長いハズなのだが、
この贅沢は私しか味を知らない。
「結婚したら?」
愛実は言った。
イヤイヤ、言うと思ったけど本当に言ったよ、この人は。
「それは難しいね」
「お姉ちゃんは難しく考え過ぎ」
イタい所を所をつつかれる。
「私思うんだけどさ、お姉ちゃんが思ってるよりかなり脈はあるよ」
ハァ、何を言ってるんだか・・・
少し呆れ気味に反論しようと口を開くと、
いいから、聞いてお姉ちゃん。と先に釘を刺された。
「第一に、ちっとも良いと思わないような娘を住み込みで雇わないでしょ」
他に住み込みで働いてくれる人がいなかっただけかもしれない。
心の中で反対意見を述べる。心の中で。
「雇ったとしても、部屋や車を好きにさせてくれるほど信頼されるなんて、
もし気が無かったらただのアホだよ」
いや、アホって・・・
いやそんな事は無いよ、人として信用してるだけだと・・・
「第二に、ガトーショコラ。食べてくれたんでしょ?
他の人のチョコは迷惑って言ってたのに。
それってもう君は特別って言ってるようなものじゃん!」
えぇ!極端!それは無理矢理過ぎやしませんか。ねぇ。だから・・・
「言わなくても、お姉ちゃんの言いたい事は大体わかってるから、まぁ聞いて」
えぇっまだ聞くの?ずっと聞いてるんだよ?
一回くらい気持ちよくツッコませてよ。
「お姉ちゃんと滝さんは絶対合うと思う。
コレは愛実のカンだけど、心も体も絶対相性良いよ。
てか、絶対にピッタリだよ」
・・・何を根拠に言っているのかさっぱりわからないが、
「絶対」を三回も言っているあたりかなりの確信を持って本気で言っているようだ。
しかし、はっきりとカンだと明言している。
ブフッと笑わずにはいられない。
「あ、ありがとう愛実。とりあえず元気出た(愛実がおもしろくて)」
「ちがうよ、お姉ちゃん。
元気出してって言ってるんじゃなくて行動しようって言ってるの!」
おっ、少し頭に血が上って来た様子。
ダメダメ。妊婦なのに。
「まぁ、落ち着いて愛実。いや、言いたい事はわかったよ。
ただ愛実がかわいいなと(面白いなと)思っただけだよ」
愛実は、かわいいと言われるのに弱い。嬉しいらしい。
でも心を込めて言わないと「バカにしてるでしょ!」と言って、
すぐバレて怒られるから、バレないようにいつも心からかわいいと言う。
かわいい女の子だ。
ゴロゴロとベッドの上で電話をしていると、
テラスに出るガラスの引き戸からガリガリ音がする。
ミミが中に入れろと爪で戸を引っ掻いているのだ。
仕方ないので、起き上がって戸を開けに行く。
開けてやるとスッと中に入って来てお気に入りの肘掛け椅子へと直行した。
「きいてるの?お姉ちゃん」
「ごめん、今ミミが帰って来て」
戸を閉めてまたベッドに戻る。
夜空に月が浮かんでいて、ベッドに横になると丁度窓が額縁になって、
桜の木の上に三日月が乗っかるような構図の絵の様に見える。
雲の無い晴天の夜だったので額縁の中の絵は、とても明瞭な描写を称えていた。
「あ、翔が帰って来た。じゃぁまた今度翔と行くから美味しいものよろしくね!」
バタバタ足音を私に聞かせて愛実は電話を切った。
つづく。。。
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