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うたたね♪日記

元・絵本カフェ詩多音オーナーのブログです。 現在は、絵本をつなぐ活動の  心 色~ココカラ~ メンバーとして活躍中!!!

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『MIMI』第13話・雲野詩子 ①

 MIMI  -ミミと美海と滝さんについて-




    第13話 ①



「お待たせしました」


そう言いながらテーブルの上にグラタンを置く。


「まぁまぁ美海さんありがとう、お先にいただいてます。


 まぁ!私グラタンが大好物なのよ。嬉しいわ!」


はい!その一言の為にがんばって作りました!


「美海さんもこちらへどうぞ」


滝氏が椅子を引いてくれた。


遠慮なく座ると、かおるさんがお酒をつけてくれる。


「ささ、美海さんもどうぞ」


一升瓶から湯呑みに、なみなみと。


お猪口も冷酒グラスも棚にあったはずだが、


この人達はなぜ湯呑み(大きめ)を選択したのだろうか。


「ありがとうございます」


「かおるさんつぎ過ぎですよ。美海さんはかおるさんのようにお茶感覚でお酒を飲めません」


「まぁ、お酒をお茶だと思った事なんて一度もありませんよ。お酒の方が好きです」


そう言ってかおるさんはニヤッと笑った。


つられて滝氏も笑う。


「知ってますよ」


二人の会話はとても穏やかで、それでいてテンポが良く軽やかで、楽しげである。


私は特に話す事も無いので二人の話をラジオでも聴くようにぼんやりと聴いていた。


親子ほど年の離れた二人が、こんなにも気の合う昔なじみのように親しくしているのを、


なんだかうらやましく思った。



いつの間にか私の足元にミミが丸まっていた。


「あれ?ミミいつの間に来てたの?」


小さな声で言ったつもりだったが、かおるさんには聞こえていたらしい。


ミミの姿を見つけるとニコッと笑う。


「あら、そのネコがミミ?」


「あ、はいそうです」


「ふふふ、漣太朗さんのライバルね」


「え?あの・・・」


「かおるさん。おつぎしますよ」


滝氏が割って入って来てかおるさんにお酌をしたため、


彼女の言葉の意味を聞く機会を逃してしまった。


「今日は本当に良い日ね。


 天気も良し、花も良し、漣太朗さんにお酌をしてもらって、


 こんなに可愛らしい若いお嬢さんにもお会いできて。


 何より、お料理が美味しいとお酒も美味しいわ」


ほろ酔い加減になってきたかおるさんは上機嫌だった。


ミミが滝氏のライバルとは一体・・・


猫と競うと言ったら・・・毛並み?それじゃぁ比べる前にミミの圧勝か。


いやいや、まぁなんといっても二人の間にある、


歴史というか深い絆のようなものをビシバシ感じているのだ、


二人にはわかり私にはわからないことがたくさんあって当然だと思う。


ついでもらったお酒をちびちび飲みながら、


時々へーとかほーとか二人の会話に相づちを入れたりしながら、


庭の桜の木を眺める。


蕾の残る八分咲きの丁度良い花見頃。


花見日和の快晴だ。


風はほとんど無いのであまり枝は揺れない。


桜の木の後ろに芽を出したばかりの楓の新緑。


枯れ葉の残る地面の中からもやはり新芽が顔を出している。


花からか、緑なのか、土からなのか、


柔らかい風がふわりと陽気を踊らせる。


ゆっくり空気を吸い込むと、春の匂い。


きれいだなぁ


一人心の中で呟く。


「本当に、綺麗よね。私、この庭がとても好きだわ」


まるで私の心の呟きに相づちを打つようなかおるさんのセリフに、ドキッとする。


かおるさん、私の心の声が実は聞こえるのではないかと、


どぎまぎしながらかおるさんを見つめてみた。


かおるさんはこちらには向かず、にこにこしながら桜の花を見ていた。

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『MIMI』第12話・雲野詩子 ②


MIMI   -ミミと美海と滝さんについて-

 第12話 ②




滝氏が軽くかおるさんと私の紹介をすると、
彼女は私に丁寧に頭を下げた。

「白川かおるでございます。本日はお招き下さって・・・」


「いえいえ、そんなこちらこそ今日は遠い所を・・・」

なんていう社交辞令な挨拶のやり取りを滝氏は早々と打ち切って、


かおるさんをソファーに座らせた。

「二人ともそんなに気を使わなくて良いよ。さ、かおるさんはここに座って。


 美海さんお茶をお願いね」

「いえ、そんな、何かお手伝い致しますわ」

「いいえ、今日は全部美海さんにお願いしています。


 かおるさんは今日はお客様ですから座っていてくださいね」

「あら、そう?それなら漣太朗さんの言葉に甘えましょうね。


 ああ、美海さんお茶まで出してくださってありがとう。


 それにしても、とってもすてきなお部屋になったわね!


 まさか、漣太朗さんあなたが?」

「ええ、そのまさかです。・・・と言いたい所ですが、美海さんの仕事です。」


おおっと、一瞬私の手柄を横取りする気かと思った。

「そうよね。漣太朗さんのはず無いわね。去年来た時と同じ部屋には思え無い。


 お洒落でいて嫌味がなくて・・・とても優しい。」

まぁぁぁぁぁ!かおるさんが私を褒めてくれたぁ!嬉しい!

「うん、インテリアの事はよく判らないけどすごく居心地が良いよ」


「あら、漣太朗さんはよく判らないのではなくて興味が無いのでしょう。」

「ははっそうかな?」

「まぁ、このお部屋に居心地が良いと思えただけ漣太朗さんにしては上出来ね」

かおるさんはハキハキとしっかり話す。


70過ぎの老婦人とはとても思えない若々しい方だ。


私よりも少し背が高く、骨格のしっかりした健康そうな体軀にショートカット。


真珠のピアス、品の良いベージュのワンピースに、


若草色の春物のノーカラーのジャケットをさらりと羽織っている。


良い意味で私の予想は裏切られた。


なんて素敵な女性だろう。と一目見て思った。


もちろん、目尻や首のシワやシミ、口元のホウレイ線もしっかりあるし、


髪の根元に白髪ものぞいている。


彼女が70年以上の歳月を重ねて来た証はしっかりと刻まれているのだが、


背筋をまっすぐに安定感のある歩き方をする姿は、本当に美しい女性だという印象を受けた。


私のイメージしていたかおるさんは小柄で和服の似合うような、


かわいらしいおばぁちゃんだったので(滝氏も以前かわいいと言っていたと思う。)


イメージとのギャップにかなり驚いた。


けれどイメージのかおるさんよりも本物のかおるさんの方がずっと好きだ。


なんて事を思いながら、何も聞いてませんと素知らぬ顔で料理の続きをしていると

「僕はなにをしたらいいの?」

と言いながら滝氏が寄って来た。


何もありません。と冷たく追い払う訳にもいかないので、


木製の鍋敷きを彼に渡した。


「では、これをテラスのテーブルに。テーブルは用意しています、料理にかけているラップや、


 食器にかけてる布を外していただけると・・・


 あとは昨日滝さんの買って帰った日本酒を、あ、冷蔵庫に冷やしてます。


 持って行って、かおるさんにテラスの方に移動してもらってください。」


「わかった。コレは何に使うの?」

なんと言う事でしょう!どうやら渡された木の板が何かわかっていないらしい。

今焼いているグラタンが焼き上がったら皿ごとその上に乗せます。


 なので空いてる所に置いてください。


 あ、お酒を注ぐの何か冷酒グラスとかもおねがいします」

「うん。他には?」

「・・・えーあと五分ほどで焼き上がるのでこれを持って私も席に着きますから、


 二人で先に始めていてください・・・滝さん。五分くらい待つのにって顔をされてますが、


 かおるさんをお待たせしない事の方が大事だと思います。


 気を遣って始めておいてくれませんか?」

「そうだね、わかった。始めておくね」

笑顔で返事をするとかおるさんと共にテラスの方へ出て行った。

「まぁこんなに。どれもおいしそうね私の好きなものばかり!」


「美海さんの料理は美味しいですよ」


鍋を洗いながら、テラスの方から聞こえてくる二人の会話を聞いて、思わず顔がゆるむ。


ボウルを濯いでいるとオーブンが鳴った。


グラタンの完成だ。


鍋掴みを手にはめてオーブンを開けるとチーズを焦がした香ばしい匂いが食欲をそそる。


焼きたてのグラタンを手にいざ、テラスへ。


~つづく~

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『MIMI』第12話・雲野詩子 ①

MIMI   -ミミと美海と滝さんについて-

 第12話 ①




私が料理を拵えるので、


プーさんに乗ってかおるさんを迎えに行くのは滝氏の役目になった


車で約一時間弱、山の方に走ると、


滝邸の元家政婦、白川かおるさんの住む家がある。



かおるさんの娘さん夫婦とその娘(かおるさんから見てお孫さん)と同居し、


日々孫娘の世話をしているのだが、


今日は日曜日なので孫娘は仕事が休みの両親に返して、一日の自由を手に入れた。


そして約一年振りに滝邸に遊びに来るのだ。


もちろん私は今日初めてかおるさんに会う。


滝氏からの話と、彼に届くかおるさんからの手紙の入ったかわいい封筒。


それから封筒に書かれたすっきりした美しい字。


以上が今私の知っているかおるさんの全てだ。


だけれど私はかおるさんの事が好きだ。


勝手にすてきな女性だろうと想像している。


だからきっと好きだ。




一週間ほど前、庭の桜の木に花が咲き始めた。


一週間もすれば見頃になりますね。なんて話していると

「毎年、かおるさんと二人でこの庭の桜の花の花見をしていてね、


 今年は三人でできるといいなって思っているんだけど、どうかな?

と滝氏は言った。


そんな訳で今日は、滝邸にてかおるさんを招いての花見になったのだ。


かおるさんが滝邸の家政婦をやめてからも、


毎年かおるさんが御重に料理を詰めて滝氏がかおるさんを迎えに行き、


二階のテラスで花見をするのが恒例の行事だったそうだ。



お、そうすると私、かおるさんに会えるな。


と思い心が踊ったたが、私の顔は感情に正直な方では無いので、


少し両の眉が上がったくらいの変化を見せて

「ご一緒しても良いですか?」

と聞いた。


「かおるさんも会いたいと言っていたから、美海さんも良ければ是非」

うーん、ウソでも嬉しい。

と思い、心を込めて食事を用意する。
と彼に伝えると、


かおるさんに手ぶらで来てもらえる。と言って喜んでくれた。

正午を少し過ぎたくらいにかおるさんと滝氏が到着した。


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『MIMI』第11話・雲野詩子

MIMI  -ミミと美海と滝さんについて-

     第11話

彼の愛車である国産ハイブリッドカー(色は白)を私たちは

「プーさん」と呼んでいる。

私たちとは、時枝夫妻と私と滝氏だ。

大きな物を買う時や、食料品をたくさん買い込むときなどに、

いつもプーさんを借りて買い出しに向かう。

ある日、愛実と話していた時につい、


「滝さんは電車通勤だよ。プーさんは私が乗る事の方が多いと思う」


と言ってしまった事がきっかけで、あっ、と言う間に滝氏まで使うようになった。

プーさんの由来はもちろん、車の名前の頭文字が、「P」だからだ。

私が勝手に(心の中で)使っていた呼び名だったので、

滝氏に車を借りると伝えるときも、


「今日車借ります」


と言っていたし、口に出さないように一応気を付けていたのだが、

うっかり愛実に口を滑らせてしまったがために、

次の日にはもう滝氏の口からその呼び名が出て来た。


「今日プーさん使うの?」


といった具合に。

あまりにも自然に言うものだから、私もフツウに


「あ、はい今日はクリーニングを取りに行くので、かります」


とうっかり答えてしまった。答えてしまった後で、

あれ?なぜ?と考えてみて、

愛実>>翔君>>滝氏

という連絡網のような図を思いついた。

まっっっったく呆れるほど情報伝達が上手ですね!

と皮肉を心の中で呟きながら滝氏を睨んでみた。

視線に気付くと、あなたの考えてる事はお見通しですよ。

という余裕の笑み(だと私には思えた)を返された。

ところで、ミミはプーさんが好きだ。

買い物に行こうと私が運転席のドアを開けると、

素早く後部座席に乗り込む。

もちろん、車内における上座に位置する場所に、だ。

大変困る。

買い物に行く時に車にミミを置いて行くのは、

やはり心配になるのでゆっくりと落ち着いて買い物する事ができない。

一応窓は少しだけ開けて行くようにはしている。

鍵が遠くに行くと窓が自動的に上がって、

閉まってしまうような仕様になっていなくて良かったと思うが、

不用心この上無い事も確かだ。

買い物が長引くと、ミミよりもプーさんの方が、

車上荒らしに遭っていないかの心配の方が勝ってくる。

なので長くゆっくり買い物したい時は無理矢理ミミを降ろして行く。

そういう日は大抵、機嫌が悪い。

夜、部屋に戻ると必ず、いつもの肘掛け椅子では無く、

私のベッドの枕の上に丸まっている。

嫌がらせのつもりらしいがかわいくてしょうがない。

だから丸まったまま動かないミミを抱き込んで一緒に寝てしまう。

冬は湯たんぽみたいでとても暖かい。

ミミとの付き合いは私よりも滝氏の方が長いハズなのだが、

この贅沢は私しか味を知らない。




「結婚したら?」


愛実は言った。

イヤイヤ、言うと思ったけど本当に言ったよ、この人は。


「それは難しいね」

「お姉ちゃんは難しく考え過ぎ」


イタい所を所をつつかれる。


「私思うんだけどさ、お姉ちゃんが思ってるよりかなり脈はあるよ」


ハァ、何を言ってるんだか・・・

少し呆れ気味に反論しようと口を開くと、

いいから、聞いてお姉ちゃん。と先に釘を刺された。


「第一に、ちっとも良いと思わないような娘を住み込みで雇わないでしょ」


他に住み込みで働いてくれる人がいなかっただけかもしれない。

心の中で反対意見を述べる。心の中で。


「雇ったとしても、部屋や車を好きにさせてくれるほど信頼されるなんて、

 もし気が無かったらただのアホだよ」


いや、アホって・・・

いやそんな事は無いよ、人として信用してるだけだと・・・


「第二に、ガトーショコラ。食べてくれたんでしょ?

 他の人のチョコは迷惑って言ってたのに。

 それってもう君は特別って言ってるようなものじゃん!」


えぇ!極端!それは無理矢理過ぎやしませんか。ねぇ。だから・・・


「言わなくても、お姉ちゃんの言いたい事は大体わかってるから、まぁ聞いて」


えぇっまだ聞くの?ずっと聞いてるんだよ?

一回くらい気持ちよくツッコませてよ。


「お姉ちゃんと滝さんは絶対合うと思う。

 コレは愛実のカンだけど、心も体も絶対相性良いよ。

 てか、絶対にピッタリだよ」


・・・何を根拠に言っているのかさっぱりわからないが、

「絶対」を三回も言っているあたりかなりの確信を持って本気で言っているようだ。

しかし、はっきりとカンだと明言している。

ブフッと笑わずにはいられない。


「あ、ありがとう愛実。とりあえず元気出た(愛実がおもしろくて)」


「ちがうよ、お姉ちゃん。

 元気出してって言ってるんじゃなくて行動しようって言ってるの!」


おっ、少し頭に血が上って来た様子。

ダメダメ。妊婦なのに。


「まぁ、落ち着いて愛実。いや、言いたい事はわかったよ。

 ただ愛実がかわいいなと(面白いなと)思っただけだよ」


愛実は、かわいいと言われるのに弱い。嬉しいらしい。

でも心を込めて言わないと「バカにしてるでしょ!」と言って、

すぐバレて怒られるから、バレないようにいつも心からかわいいと言う。

かわいい女の子だ。



ゴロゴロとベッドの上で電話をしていると、

テラスに出るガラスの引き戸からガリガリ音がする。

ミミが中に入れろと爪で戸を引っ掻いているのだ。

仕方ないので、起き上がって戸を開けに行く。

開けてやるとスッと中に入って来てお気に入りの肘掛け椅子へと直行した。


「きいてるの?お姉ちゃん」

「ごめん、今ミミが帰って来て」


戸を閉めてまたベッドに戻る。

夜空に月が浮かんでいて、ベッドに横になると丁度窓が額縁になって、

桜の木の上に三日月が乗っかるような構図の絵の様に見える。

雲の無い晴天の夜だったので額縁の中の絵は、とても明瞭な描写を称えていた。


「あ、翔が帰って来た。じゃぁまた今度翔と行くから美味しいものよろしくね!」


バタバタ足音を私に聞かせて愛実は電話を切った。


つづく。。。

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『MIMI』第10話・雲野詩子

MIMI  -ミミと美海と滝さんについて-


     第10話

滝氏は四角いコインケースに千円札を三つ折りにして入れるのが癖だ。

と聞くと几帳面な人かとも思われるかもしれないが、そうでもない。

三ツに折られた千円札は端っこはそろってないし、

折り目もフワッとしている。

ただ単に千円札をコインケースに入れたいが為に三ツ折りにしているのだ。

(二千円の時は一枚一枚折ったりなどは決してしない。まとめて折る)

なぜ私がそんな事を知っているかというと、

毎日出勤前の朝食中に折って入れているからである。

困った事に滝氏は長財布を部屋に置いて仕事に行く。

それもベッドの上や机の上に。

コインケースへ入れるための千円を取り出して、

そのまま置いて行くようだ。

中身が入っていない訳では無い。

クレジットカードやら福沢諭吉やら結構しっかりと入っている。

赤の他人である私が室内をウロウロするとわかっていて不用心すぎる。

金庫を用意してその中に入れて行くとか、

せめて引き出しの中に入れて出掛けて欲しいと、

何度か文句を言ったのだが


「昼間は美海さんが居るから大丈夫かなって、思っちゃうんだよね」


との返答。

私の文句は何一つ伝わっていない様子である。

仕方が無いので、滝氏の机の一番上の引き出しに長財布の定位置を作り、

滝氏が出掛ける前に(気が向いたら)彼自身がそこに入れて行く。

もし、彼が忘れて出掛けたら私がそこへ入れる、と言う事に決まった。

仕事へ行く時に必要以上のモノを持って行きたく無いらしく、

お昼と飲み物代だけをコインケースに入れて持って行くようだ。

それ以上に何か必要な時(飲み会や買い物など)のみ長財布を持って出掛ける。

滝氏は基本、出不精なので出掛ける事は、まぁ、ほとんど無いが。

ちなみに、大体月の半分以上は私が長財布を引き出しに片付けているのが、

現状である事はお伝えしておこう。




めずらしく、千円を折らずに長財布を持って出勤したなと思っていたある日。

今日は遅くなると連絡が来るだろうと予想して
(職場か翔君との飲み会だろうと思ったので)

お風呂に入った後、ミミにもシャンプーをして、

滝氏のリビングで寛いでいる時に、彼は帰宅した。

いつもより二時間近く早い!

慌ててソファーから飛び起きたので、

お腹の上に乗っていたミミがコロンと床におっこちた。


「あ、ごめんミミ」


一応謝っておく。

ミミは私を一睨みするとカウチに場所を変えてまた丸まった。


「ミミ今日はここに居るの?めずらしいね」


と言いながら滝氏が入って来た。


「お帰りなさい」


手には中くらいの紙袋を持っている。

また何かもらって来たのかと思い、少しドキッとした。


「今日は早いですね。すぐに夕食の支度しますから」

「美海さん、その前にちょっと良いかな、これ」


手に持っていた紙袋は私に差し出された。


「え・・・」


とりあえず受け取って中身を見てみると、

カモマイルの小さな鉢植えが入っている。

驚いた。

最近ずっと欲しいと思っていたものだ。

ペパーミントとローズマリーを三階の小さなテラスで育てているのだが、

次はカモマイルが欲しいなと思いつつ、

なんとなく花屋に行くのを先延ばしにしていたのだ。
(必要にならないとなかなか動かないタイプである)

しかしなぜ突然私にカモマイルを買って来てくれたのか不思議で戸惑っていると、

彼は言った。


「ガトーショコラのお礼に」


あぁ。とカレンダーを見る。

その日はホワイトデーだった。


「ありがとうございます。ずっと欲しかったんです。カモマイルの鉢植え」


淡々とした言い方だったと思う。

とっても嬉しくて、とっても感謝している気持ちで言ったのだが、

気持ちを声にするのは難しい。


「そう聞いたから」


笑顔で言った。いつもの笑顔だ。

わかっている。情報源は時枝夫妻。間違いない。

欲しい物をプレゼントしてもらったという嬉しさももちろんだが、

それ以上に彼の気持ちが嬉しかった。

わざわざ私の欲しい物をリサーチして、それを買って、

いつもより二時間近く早く帰って来てくれたのだ。

ホワイトデーに。

愛実と翔君に作れと言われて作った、ガトーショコラのお礼だと言って。

男の人からそういう気持ちの伝え方をされたのは、

人生において初めてである。

舞い上がってしまうのも無理は無い。

心も体も嬉しくてフワフワした感覚になる。

何より、他の誰かでは無くて、

彼からの贈り物だからより特別に感じる。



ふと視線を感じて振り向くと、

カウチの上に丸まったままのミミが片目だけ開けてこっちを見ていた。

目が合うと面白く無さそうに、ゆっくりとまばたきをして、

目を逸らして、また閉じた。

おっ、ヤキモチやいてるのかな?

なんて心の中で呟いてみて、ニヤニヤしていると、

そんなミミと私のやり取りを見て滝氏が笑う。


「本当に、ミミは美海さんが好きだね」

「そのようですね」


いつもの無味無臭な彼の笑顔を私は真顔で見上げた。


「お風呂入ってくるね」


そう言っていつもより二時間早いお風呂の準備を始めた。

そう言えば、お帰りなさいのお茶を今日まだ淹れていない。

と言う事に気付いて慌てて用意した。

お風呂の支度をして部屋から出て来た滝氏に


「お茶淹れました」


と声をかける。ありがとう。と彼が一口。

今日のお茶がいつもの緑茶では無く、

お客様用の高級な煎茶だった事に彼は気付いただろうか?




つづく。。。


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