MIMI -ミミと美海と滝さんについて-
第12話 ①
私が料理を拵えるので、
プーさんに乗ってかおるさんを迎えに行くのは滝氏の役目になった。
車で約一時間弱、山の方に走ると、
滝邸の元家政婦、白川かおるさんの住む家がある。
かおるさんの娘さん夫婦とその娘(かおるさんから見てお孫さん)と同居し、
日々孫娘の世話をしているのだが、
今日は日曜日なので孫娘は仕事が休みの両親に返して、一日の自由を手に入れた。
そして約一年振りに滝邸に遊びに来るのだ。
もちろん私は今日初めてかおるさんに会う。
滝氏からの話と、彼に届くかおるさんからの手紙の入ったかわいい封筒。
それから封筒に書かれたすっきりした美しい字。
以上が今私の知っているかおるさんの全てだ。
だけれど私はかおるさんの事が好きだ。
勝手にすてきな女性だろうと想像している。
だからきっと好きだ。
一週間ほど前、庭の桜の木に花が咲き始めた。
一週間もすれば見頃になりますね。なんて話していると
「毎年、かおるさんと二人でこの庭の桜の花の花見をしていてね、
今年は三人でできるといいなって思っているんだけど、どうかな?」
と滝氏は言った。
そんな訳で今日は、滝邸にてかおるさんを招いての花見になったのだ。
かおるさんが滝邸の家政婦をやめてからも、
毎年かおるさんが御重に料理を詰めて滝氏がかおるさんを迎えに行き、
二階のテラスで花見をするのが恒例の行事だったそうだ。
お、そうすると私、かおるさんに会えるな。
と思い心が踊ったたが、私の顔は感情に正直な方では無いので、
少し両の眉が上がったくらいの変化を見せて
「ご一緒しても良いですか?」
と聞いた。
「かおるさんも会いたいと言っていたから、美海さんも良ければ是非」
うーん、ウソでも嬉しい。
と思い、心を込めて食事を用意する。と彼に伝えると、
かおるさんに手ぶらで来てもらえる。と言って喜んでくれた。
正午を少し過ぎたくらいにかおるさんと滝氏が到着した。
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MIMI -ミミと美海と滝さんについて-
第11話
彼の愛車である国産ハイブリッドカー(色は白)を私たちは
「プーさん」と呼んでいる。
私たちとは、時枝夫妻と私と滝氏だ。
大きな物を買う時や、食料品をたくさん買い込むときなどに、
いつもプーさんを借りて買い出しに向かう。
ある日、愛実と話していた時につい、
「滝さんは電車通勤だよ。プーさんは私が乗る事の方が多いと思う」
と言ってしまった事がきっかけで、あっ、と言う間に滝氏まで使うようになった。
プーさんの由来はもちろん、車の名前の頭文字が、「P」だからだ。
私が勝手に(心の中で)使っていた呼び名だったので、
滝氏に車を借りると伝えるときも、
「今日車借ります」
と言っていたし、口に出さないように一応気を付けていたのだが、
うっかり愛実に口を滑らせてしまったがために、
次の日にはもう滝氏の口からその呼び名が出て来た。
「今日プーさん使うの?」
といった具合に。
あまりにも自然に言うものだから、私もフツウに
「あ、はい今日はクリーニングを取りに行くので、かります」
とうっかり答えてしまった。答えてしまった後で、
あれ?なぜ?と考えてみて、
愛実>>翔君>>滝氏
という連絡網のような図を思いついた。
まっっっったく呆れるほど情報伝達が上手ですね!
と皮肉を心の中で呟きながら滝氏を睨んでみた。
視線に気付くと、あなたの考えてる事はお見通しですよ。
という余裕の笑み(だと私には思えた)を返された。
ところで、ミミはプーさんが好きだ。
買い物に行こうと私が運転席のドアを開けると、
素早く後部座席に乗り込む。
もちろん、車内における上座に位置する場所に、だ。
大変困る。
買い物に行く時に車にミミを置いて行くのは、
やはり心配になるのでゆっくりと落ち着いて買い物する事ができない。
一応窓は少しだけ開けて行くようにはしている。
鍵が遠くに行くと窓が自動的に上がって、
閉まってしまうような仕様になっていなくて良かったと思うが、
不用心この上無い事も確かだ。
買い物が長引くと、ミミよりもプーさんの方が、
車上荒らしに遭っていないかの心配の方が勝ってくる。
なので長くゆっくり買い物したい時は無理矢理ミミを降ろして行く。
そういう日は大抵、機嫌が悪い。
夜、部屋に戻ると必ず、いつもの肘掛け椅子では無く、
私のベッドの枕の上に丸まっている。
嫌がらせのつもりらしいがかわいくてしょうがない。
だから丸まったまま動かないミミを抱き込んで一緒に寝てしまう。
冬は湯たんぽみたいでとても暖かい。
ミミとの付き合いは私よりも滝氏の方が長いハズなのだが、
この贅沢は私しか味を知らない。
「結婚したら?」
愛実は言った。
イヤイヤ、言うと思ったけど本当に言ったよ、この人は。
「それは難しいね」
「お姉ちゃんは難しく考え過ぎ」
イタい所を所をつつかれる。
「私思うんだけどさ、お姉ちゃんが思ってるよりかなり脈はあるよ」
ハァ、何を言ってるんだか・・・
少し呆れ気味に反論しようと口を開くと、
いいから、聞いてお姉ちゃん。と先に釘を刺された。
「第一に、ちっとも良いと思わないような娘を住み込みで雇わないでしょ」
他に住み込みで働いてくれる人がいなかっただけかもしれない。
心の中で反対意見を述べる。心の中で。
「雇ったとしても、部屋や車を好きにさせてくれるほど信頼されるなんて、
もし気が無かったらただのアホだよ」
いや、アホって・・・
いやそんな事は無いよ、人として信用してるだけだと・・・
「第二に、ガトーショコラ。食べてくれたんでしょ?
他の人のチョコは迷惑って言ってたのに。
それってもう君は特別って言ってるようなものじゃん!」
えぇ!極端!それは無理矢理過ぎやしませんか。ねぇ。だから・・・
「言わなくても、お姉ちゃんの言いたい事は大体わかってるから、まぁ聞いて」
えぇっまだ聞くの?ずっと聞いてるんだよ?
一回くらい気持ちよくツッコませてよ。
「お姉ちゃんと滝さんは絶対合うと思う。
コレは愛実のカンだけど、心も体も絶対相性良いよ。
てか、絶対にピッタリだよ」
・・・何を根拠に言っているのかさっぱりわからないが、
「絶対」を三回も言っているあたりかなりの確信を持って本気で言っているようだ。
しかし、はっきりとカンだと明言している。
ブフッと笑わずにはいられない。
「あ、ありがとう愛実。とりあえず元気出た(愛実がおもしろくて)」
「ちがうよ、お姉ちゃん。
元気出してって言ってるんじゃなくて行動しようって言ってるの!」
おっ、少し頭に血が上って来た様子。
ダメダメ。妊婦なのに。
「まぁ、落ち着いて愛実。いや、言いたい事はわかったよ。
ただ愛実がかわいいなと(面白いなと)思っただけだよ」
愛実は、かわいいと言われるのに弱い。嬉しいらしい。
でも心を込めて言わないと「バカにしてるでしょ!」と言って、
すぐバレて怒られるから、バレないようにいつも心からかわいいと言う。
かわいい女の子だ。
ゴロゴロとベッドの上で電話をしていると、
テラスに出るガラスの引き戸からガリガリ音がする。
ミミが中に入れろと爪で戸を引っ掻いているのだ。
仕方ないので、起き上がって戸を開けに行く。
開けてやるとスッと中に入って来てお気に入りの肘掛け椅子へと直行した。
「きいてるの?お姉ちゃん」
「ごめん、今ミミが帰って来て」
戸を閉めてまたベッドに戻る。
夜空に月が浮かんでいて、ベッドに横になると丁度窓が額縁になって、
桜の木の上に三日月が乗っかるような構図の絵の様に見える。
雲の無い晴天の夜だったので額縁の中の絵は、とても明瞭な描写を称えていた。
「あ、翔が帰って来た。じゃぁまた今度翔と行くから美味しいものよろしくね!」
バタバタ足音を私に聞かせて愛実は電話を切った。
つづく。。。
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MIMI -ミミと美海と滝さんについて-
第10話
滝氏は四角いコインケースに千円札を三つ折りにして入れるのが癖だ。
と聞くと几帳面な人かとも思われるかもしれないが、そうでもない。
三ツに折られた千円札は端っこはそろってないし、
折り目もフワッとしている。
ただ単に千円札をコインケースに入れたいが為に三ツ折りにしているのだ。
(二千円の時は一枚一枚折ったりなどは決してしない。まとめて折る)
なぜ私がそんな事を知っているかというと、
毎日出勤前の朝食中に折って入れているからである。
困った事に滝氏は長財布を部屋に置いて仕事に行く。
それもベッドの上や机の上に。
コインケースへ入れるための千円を取り出して、
そのまま置いて行くようだ。
中身が入っていない訳では無い。
クレジットカードやら福沢諭吉やら結構しっかりと入っている。
赤の他人である私が室内をウロウロするとわかっていて不用心すぎる。
金庫を用意してその中に入れて行くとか、
せめて引き出しの中に入れて出掛けて欲しいと、
何度か文句を言ったのだが
「昼間は美海さんが居るから大丈夫かなって、思っちゃうんだよね」
との返答。
私の文句は何一つ伝わっていない様子である。
仕方が無いので、滝氏の机の一番上の引き出しに長財布の定位置を作り、
滝氏が出掛ける前に(気が向いたら)彼自身がそこに入れて行く。
もし、彼が忘れて出掛けたら私がそこへ入れる、と言う事に決まった。
仕事へ行く時に必要以上のモノを持って行きたく無いらしく、
お昼と飲み物代だけをコインケースに入れて持って行くようだ。
それ以上に何か必要な時(飲み会や買い物など)のみ長財布を持って出掛ける。
滝氏は基本、出不精なので出掛ける事は、まぁ、ほとんど無いが。
ちなみに、大体月の半分以上は私が長財布を引き出しに片付けているのが、
現状である事はお伝えしておこう。
めずらしく、千円を折らずに長財布を持って出勤したなと思っていたある日。
今日は遅くなると連絡が来るだろうと予想して
(職場か翔君との飲み会だろうと思ったので)
お風呂に入った後、ミミにもシャンプーをして、
滝氏のリビングで寛いでいる時に、彼は帰宅した。
いつもより二時間近く早い!
慌ててソファーから飛び起きたので、
お腹の上に乗っていたミミがコロンと床におっこちた。
「あ、ごめんミミ」
一応謝っておく。
ミミは私を一睨みするとカウチに場所を変えてまた丸まった。
「ミミ今日はここに居るの?めずらしいね」
と言いながら滝氏が入って来た。
「お帰りなさい」
手には中くらいの紙袋を持っている。
また何かもらって来たのかと思い、少しドキッとした。
「今日は早いですね。すぐに夕食の支度しますから」
「美海さん、その前にちょっと良いかな、これ」
手に持っていた紙袋は私に差し出された。
「え・・・」
とりあえず受け取って中身を見てみると、
カモマイルの小さな鉢植えが入っている。
驚いた。
最近ずっと欲しいと思っていたものだ。
ペパーミントとローズマリーを三階の小さなテラスで育てているのだが、
次はカモマイルが欲しいなと思いつつ、
なんとなく花屋に行くのを先延ばしにしていたのだ。
(必要にならないとなかなか動かないタイプである)
しかしなぜ突然私にカモマイルを買って来てくれたのか不思議で戸惑っていると、
彼は言った。
「ガトーショコラのお礼に」
あぁ。とカレンダーを見る。
その日はホワイトデーだった。
「ありがとうございます。ずっと欲しかったんです。カモマイルの鉢植え」
淡々とした言い方だったと思う。
とっても嬉しくて、とっても感謝している気持ちで言ったのだが、
気持ちを声にするのは難しい。
「そう聞いたから」
笑顔で言った。いつもの笑顔だ。
わかっている。情報源は時枝夫妻。間違いない。
欲しい物をプレゼントしてもらったという嬉しさももちろんだが、
それ以上に彼の気持ちが嬉しかった。
わざわざ私の欲しい物をリサーチして、それを買って、
いつもより二時間近く早く帰って来てくれたのだ。
ホワイトデーに。
愛実と翔君に作れと言われて作った、ガトーショコラのお礼だと言って。
男の人からそういう気持ちの伝え方をされたのは、
人生において初めてである。
舞い上がってしまうのも無理は無い。
心も体も嬉しくてフワフワした感覚になる。
何より、他の誰かでは無くて、
彼からの贈り物だからより特別に感じる。
ふと視線を感じて振り向くと、
カウチの上に丸まったままのミミが片目だけ開けてこっちを見ていた。
目が合うと面白く無さそうに、ゆっくりとまばたきをして、
目を逸らして、また閉じた。
おっ、ヤキモチやいてるのかな?
なんて心の中で呟いてみて、ニヤニヤしていると、
そんなミミと私のやり取りを見て滝氏が笑う。
「本当に、ミミは美海さんが好きだね」
「そのようですね」
いつもの無味無臭な彼の笑顔を私は真顔で見上げた。
「お風呂入ってくるね」
そう言っていつもより二時間早いお風呂の準備を始めた。
そう言えば、お帰りなさいのお茶を今日まだ淹れていない。
と言う事に気付いて慌てて用意した。
お風呂の支度をして部屋から出て来た滝氏に
「お茶淹れました」
と声をかける。ありがとう。と彼が一口。
今日のお茶がいつもの緑茶では無く、
お客様用の高級な煎茶だった事に彼は気付いただろうか?
つづく。。。
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