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うたたね♪日記

元・絵本カフェ詩多音オーナーのブログです。 現在は、絵本をつなぐ活動の  心 色~ココカラ~ メンバーとして活躍中!!!

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『MIMI』第17話・雲野詩子

MIMI   -ミミと美海と滝さんについて-


     第17話

一緒にごちそうさまをしてから、

滝氏がサンドイッチの包み紙とジュースのパックを回収。

してくれたのだが、私が持って来たファイルと、

ゴミとを一緒にエコバッグに詰めようとしたので慌てて取り返した

ゴミはゴミでビニールの袋にまとめてあるので、

ファイルが汚れる心配は無いのだが。


「コレは私が片付けます。ごちそうになったので。

 ・・・そんな、いいのに。って顔されても返しません。

 さぁ。はやく散歩に出ましょう」


そう言って自分のバッグにゴミを詰め込んだ。

と、まぁやってる事は滝氏とおなじなのだけれど。

イングリッシュガーデンを出ると駐車場とは反対の方向に歩き出した。

至る所に簡単なベンチや椅子らしきものが設置されていて、

丁度、お昼時だったのでどこも学生で一杯だった。


「今日は天気が良いからみんな外で食べたくなるんだろうね」


「うん、きもちいいですよね」


スラックスのポケットに手を入れて隣を歩く滝氏を見て、

そういえば意外と背が高かったなと改めて思った。

こんな風に彼と並んで歩く事はなかなか無い。

少しだけ心がふわりと浮いた。

今日は紺地に灰色のピンストライプのスーツのスラックスに、白のシャツ。

長くも短くも無い髪を一応、目に掛からないように後ろに流している。

確かにどう見てもどこにでもいるサラリーマンだ。

暑いのか、襟元のボタンを一つと袖のボタンを外している。

ネクタイとジャケットはどこかに置いて来たようだ。

駐車場に現れた時既に着ていなかった。

滝氏はいつも僅かな整髪料と手櫛で、

適当に髪をかき上げて後ろに流す。

一応、してみた。

一応、サラリーマンだから、それらしく。

目に掛からなかったらいいよね。

という具合だ。

そう言えば櫛を使ったのを見た事が無い。

いや、櫛自体を滝邸で見た事が無い。男の人はそんなものなのだろうか?

私は髪を短くした事が無いので、櫛の無い生活は考えられない。

にしても、私はどうして滝氏の勤める学校を散歩してるんだろう。

ふと、我に返る。

見渡すと当たり前だけれど学生ばかりで、滝氏は先生で、

私はというとまったくの部外者である。

彼に言われるがままに着いて来た事に少し後悔する。

まだ27歳なので学生に見えなくも無い。かもしれない、が・・・

いや、やはりムリがあるか・・・

10代後半から20代前半の無防備で、

エネルギーを持て余すようなカラフルな若さはもう無い。

20代、慌ただしく進み行くその十年間の僅かな時間で女は大きく変化する

外見もだけれど、特に内面。

個人差はある。もちろんあまり変わらない人もいるだろう。

けれど、驚くほどにたくさんの未経験の出来事に出会い、

様々な人々に出会い、長く濃い数年間を瞬く間に通り過ぎて、

少女から女性へと。

年を取ったとは思わない。そう言えるほどにはまだ若すぎる。

けれども微妙な年齢にさしかかっているのは自覚している。

多分その自覚があるかどうか。

気付いた時点から、無駄にエネルギーを放出しなくなる。

きっと、持て余すほどのエネルギーは持っていない事に、

気付かされ、知るからではないだろうか?

限りあるエネルギーをどう使うか。

そういう発想から動き出すようになると自ずと、

外に向けて発っせられる色は決まって来る。


「この建物の二階にね、市岡善久(いちおか よしひさ)准教授の部屋があってね」


「はぁ・・・」


何の話だ?


「大学の日は僕は大体そこに居るから。講義の時以外ね。

 また何かあった時はよろしくね」


むむっ?次はそこまで持って来いと?

そうか!そのための散歩だったのか。

あぁ・・・罠に填められた気分だ。


「・・・何も無いと良いですね」


「そう?僕はまた美海さんが来てくれると嬉しいけど」


「!?」


出たー!滝漣太朗の反則技!

しかしコレは不意打ち、なかなかのダメージだ。

何か反撃を繰り出したい所だが感情を抑えるので精一杯。

何か言ってやりたくて口を半開きにしたまま、

彼のいつもの冷たくも暖かくも無い笑顔を見上げた。


「滝せんせー!」


後ろから呼び止められて滝氏が振り返ると女の子が駆け寄って来た


「滝先生、お久しぶりです!」


「あなた・・・」


つづく。。。

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『MIMI』第16話・雲野詩子 

MIMI  -ミミと美海と滝さんについて-


    第16話


「着いた?今行くからそこで待っててね」


待ち時間。

なにとも落ち着かず、車から降りて彼を待った。

2、3分ほどでやって来た滝氏は手に紺色のエコバッグを下げていた。

モコモコと何か入っている様子。


「美海さん、迷わなかった?そう、よかった。

 うん、これで間違いないよ。ありがとう。

 お腹すかない?サンドイッチ買ってあるんだ。

 一緒にどう?時間ある?」


そう言ってエコバッグを軽く持ち上げる。

想定外のお誘いに、数秒、脳が停止。・・・?


「大学の構内にあるパン屋さんのなんだけど、

 食パンじゃなくて胡桃入りのバゲットに具を挟んでて、

 美味しいんだよ」


クルミのバゲット?! おいしそう!即答で


「いただきます」


・・・あぁ、胡桃入りのバゲットに釣られてしまった・・・


駐車場から少し歩くと、

秘密の花園のようなイングリッシュガーデンがあった。


「僕はここ気に入ってるんだ。高校と大学の中間くらいにあって、

 校舎から少し遠いからあまり人が来ないみたい。

 もう少ししたらバラが咲いて、とてもきれいだよ」


「ほんとだ、蕾が出てる。良い庭ですね、良く手入れがされていて」


「学長の趣味みたいだよ。このガーデンには専門の庭師を雇ってる。

 あのベンチに座ろうか」


遠くでチャイムの音が聞こえた。

雑音の中にはしゃぐ声が混じる。きっと今からお昼休みに入るんだろう。

この庭からは、何も見えない。


「はい、美海さんの」


「あ、本当だ。胡桃が入ってる、美味しそう!」


「でしょ?グレープフルーツでよかった?リンゴも買ったけど」


滝氏がエコバッグからジュースのパックを取り出した。

いつも滝邸の冷蔵庫にはグレープフルーツとリンゴのジュースが入っていて、

大抵、滝氏がリンゴ。私がグレープフルーツ。

でも決まりじゃないので反対になったり一緒になったりもする。


「グレープフルーツで。ありがとうございます」


受け取りながら滝氏の手元のエコバッグをみつめた。

何度見ても、ラブリーだ。


「本当に、使ってるんですね、そのエコバッグ」


「もちろん。使わないのに貰ったりしないよ?」


「だって使ってるの初めて見ました」


「そうだね、家では使わないから。でも学校では重宝してるよ」


「それはよかった」


そのエコバッグは2ヶ月くらい前に私が私のために買って来たものだ。

よく行く駅前の雑貨店では、地元のアーティストの手作り小物を多く扱っている。

その中の染め物の作品の一つだった。

紺色の布に白い染料で細かくレースのような花の模様が描かれている。

一目で気に入って購入。

家に帰ってからソファーの上に上着と一緒に置いておいたところに

滝氏が帰って来てそれを発見。


「このエコバッグ良いね」


彼も一目で気に入ったらしい。


「同じもの僕にも買って来てもらえないかな?」


手作りものはまったく同じものは無い事が多い。

その旨を伝えると少し考えて


「何かと交換しない?クリスタルの地球儀とか」


クリスタルの地球儀は、彼が寝室の本棚の上の方に飾っていて、

野球ボールほどの大きさの、大切にしているものである。

結構値の張るものでもあり、

エコバッグと交換するような品では無いように思うのだが。

よほど気に入ったらしい。


「要るなら差し上げます。私地球儀要りませんし」


「本当に?じゃぁ、」


「いえ、お金も要りませんよ。でも大事に使ってあげてください」


そう言って彼にエコバッグを渡すと


「うん。ありがとう。探してたんだよ最近、こんな感じの袋」


と、嬉しそうに笑った。

袋って、エコバッグを袋って・・・袋だけど。

まぁ、本人が良ければ文句は言えないが。

男の人が持つには可愛らし過ぎるのでは?と思っていたが、

しかしなんともよく似合っている。

その前にも似たような事があって、

今私と滝氏はお揃いのルームシューズを履いている。

ただそのルームシューズを彼は書斎で使っているので、

まだ今のところ、愛実と翔君にはバレていない。


「おいしい?」


「ええ。とっても」


「そう、よかった」


「大学ってこんな美味しいパンのパン屋さんがあって、

 こんな良い庭があるんですね」


「良い学校だよね。僕の行ってた大学には、

 学食やカフェはあったけどパン屋は無かったな。

 美海さんは大学行ってないんだったかな?」


「はい。高校卒業してすぐ働き始めましたから」


「行きたいとは思わなかったの?」


うおっとぉ、正直には答え辛い質問だ。

早く自立したかったとか、家から出たかったとか・・・

その理由とか・・・うーむ・・・

滝氏は妹の愛実は大学を卒業している事を知っているので、

姉の私は自分の意志で進学しなかったのだと思っているようだ。

もしかしたら愛実がそう言ったのかもしれないが。

行かないと決めたのは、確かに自分の意志。

だけど、行きたいと思わ無かった訳では無い。

行きたい学校もあった。でも受験しなかった。その時の状況や心情は、

進学せず働き始めた理由は人に話したく無い。いや、

多少複雑で話すのが難しい。きっと、上手く話せない。

・・・だから、話したく無い。


「・・・色々考えて・・・まぁ・・・」


ほら、良い答えは浮かばない。上手いウソすら出て来ない。


「そう。そう言えば今日はミミはプーさんに乗って来なかったの?


気持ちを察してくれたのか話題を変えてくれた。

気を遣わせてしまった。でも助かった。


「えぇ、珍しく。今日は乗ってきませんでした。

 おかげで順調に出発できましたよ」


「目的地が僕の所だったからかな?」


そうだ、それでだ!思わずニヤリと顔が歪む。

その顔を見られた後で「いやいや、そんなことは・・・」

なんて取繕って言ってみたって説得力は皆無だ。

まぶたをぱちぱちしながら目を逸らした。


「・・・そうだね。」


あぁ・・・何も言っていないのに心の声に返事をされてしまった。

なんともふがいない。


「ところで、せっかくだから構内少し散歩して行かない?

 僕もあと30分くらい時間あるし」


特に深く考えずに、ちょっと見学したいと言う気持ちもあったので、

ついて行ってみる事にした。

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『MIMI』第15話・雲野詩子 

MIMI  -ミミと美海と滝さんについて-


       第15話

その日、滝氏は珍しく忘れ物をした。

と言うよりも必要無いと思い家に置いて行った所、

急に必要になってしまったようだ。



朝食の片付けが終わってすぐに電話がかかって来た。


「大学の講義が終わってから、

 高校の方の会議に行かなくてはいけなくなって。

 今日は高校の方に行く予定がなかったものだから・・・

 机の右側の棚にあると思うんだけどね」


「青いファイル?

 右側の棚に青いファイルは3つくらいありますけど、

 どれでしょう?」


「白いUSBメモリーがどこかに入ってるファイルなんだけど」


「え?白のUSB?あ、これかな、8GBのですか?」


「そう、それだと思う。

 大学の方に持って来てもらえる?

 11時から13時まで空き時間があるからできればその間に。

 車で一時間くらいかな?

 正面の門、入ってすぐに来客用の駐車場があるから、

 着いたら連絡してね」


「はい、他には何かありませんか?」


「それだけで大丈夫。ありがとう。よろしくね」


時計を見ながら洗濯とトイレお風呂掃除をしてから出かければ、

丁度良さそうだと確認して、洗濯機にスイッチを入れた。




滝氏は学校の先生をしている。

私立大学の附属高校で英語の教員だそうだ。

それから週に2回、水曜と土曜は大学の方でも講師をしているらしい。

なので、大学の日は一日大学にいて、

高校へ立ち寄る事はまず無い。

もちろんその逆、高校にいる日(月、火、木、金)に、

大学に行く事も無いらしい。

滝邸から、最寄りの駅まで徒歩約20分。(滝氏は毎朝歩いている)

その駅から、大学の最寄りの駅までが電車で20分。

そして駅から大学まで自転車で10分ほどだと言っていた。

大学と高校は隣接して建っているけれど、どちらも敷地が広いので、

移動手段として自転車があると便利らしい。


「それに学校周辺の道があまり広く無くて。

 学生がたくさん歩いたりしてる中、運転するのはこわいし、

 大学生はバイクや車で通学してる人もいる。

 高校生は保護者の方が車で迎えに来るし。今結構多いよ。

 だから道が混んでめんどくさくてね」


というのが、「どうして車で通勤しないんですか」

という私の質問に対する答えだった。




面接の時に、僕はサラリーマンだ。と言った滝氏が、

学校の先生だと知ったのは、住み込み三ヶ月目に


「明日から一ヶ月夏休みだから」


と言われて初めて知った。


「といっても補習とか部活とかで、僕は休みほとんど無いけど。

 勤務時間が変則的になるから、よろしくね」


「・・・滝さん、サラリーマンっていませんでしたか?」と聞くと、


「うん、サラリーマンだよ」と返ってきた。


まぁ・・・そう言われるとそうですね。

と言う話になりますが、・・・が、なんとなく腑に落ちない。

なんとも狐にツママレタ気分だった。

今となっては彼らしい答え方だなと思うけれど、

その時は心の中で「なにそれー!!」とぶーぶー文句を言った。

きっと公立高校の先生だったら「公務員だよ」と言うんだろう。

滝氏に、先生としての誇りは?などと問うてみたなら、


「ホコリは少ない方が良いよね。最近アレルギーの子が多いし」


なんてセリフが返ってくるんじゃないかと私は思う。

真面目に働いてはいそうだが、

熱い指導を、熱のある授業を・・・している滝氏は、想像できない。

英語は好きでは無いが、一度授業参観してみたい。


11時半頃、予定通りお風呂掃除まで終わらせて、

滝氏の勤める大学の駐車場に到着した。


つづく・・・

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『MIMI』第14話・雲野詩子 

MIMI  -ミミと美海と滝さんについて-

      第14話

「ええ、海に行った帰り道です。

 前の仕事を辞めて、毎日ぼんやり過ごしていて。

 たまに電車に乗ってこの近くの海にぼんやりしに来ていたんです。

 ここから歩いて30分くらいの海岸が結構お気に入りで、

 ふらふら散歩するのも好きで、歩いてたんです。この辺。

 そろそろ次の仕事考えないとなーって思ってた時に、

 この滝邸の門の横っちょに家政婦募集のはり紙があって、

 後から考えると家政婦専門の派遣に登録したりした方が・・・

 と思いましたが、その時は何も考えずに電話して面接に来てしまって。

 おやつに釣られて、気付いたら住み込んでたんです」


聞いていた滝氏は声をこらえて、腹を抱えて笑っていた。

笑い事ではありません。と言いたくなったが、

かおるさんがいるので睨むだけにしておいた。

かおるさんの方は、あら、とか、まあ、とかいいながら聞いていたが、

おやつのくだりがよく分からなかったらしく、

おやつに釣られてってどういうことかしら、と質問した。


「滝さんが、おやつ代も出してくれるって言ったので、

 安易にラッキーと思ってしまったんです」


「・・・まぁ」


かおるさんは目をぱちくりさせた。


「いや、世間知らずとかでは無くて、今考えても私アホみたい、

 っていうかなぜそうなったかわからないんですけど、

 あの時はそれが自然ななりゆきみたいに・・・」


自分で話していて混乱して来た。


「・・・すみません、何も良く考えていなかったんです」


目をぱちくりさせていたかおるさんは、一度滝氏の様子を見てから、

ふふふ、と笑った。


「美海さんは可愛らしい方ね。やはり想像とはちがうわね」

「どんな想像をしていましたか?」

「いえね、気を悪くしたらごめんなさい。もっとしっかりした、

 というか、色々と細かい方なのかと思っていました」

「あ・・・・・はぁ・・・」


か、かおるさん、そんな本当の事を・・・

確かに、しっかりどころか、ぼやっとしていて色々適当ですが・・・


「漣太朗さんこんなんだから」


!!


こ、こんなん?!なんとなく言いたい事は分かるけど、こんなんって。

かおるさんさすが・・・なかなかやるな。


「あら、失礼。本人の前で」


わざとらしく驚いた顔をしてから、ニヤッと笑って滝氏を見る。


「構いませんよかおるさん。こんなんとはどんなんでしょうか?」


彼は彼でわざと真面目な顔で受け答える。


「そう?じゃぁ失礼して」


というと私の方に向き直った。


「漣太朗さんって仕事人間でしょう。それなりに真面目ではあるけど・・・

 正直、気の利く方でも無いし、のぺーっとしているようで、

 世の中を斜めから見ているような所があるでしょう。

 見てないふりしてよく観察していたり。

 意外に素直な所もあって信用できる人間ではあるんだけど、

 だけど、まぁ正直、性格が良いとは言えないわよね。

 ・・・で、私何が言いたかったのかしら・・・」


・・・かおるさん、そんなにはっきりと本当の事を淡々と。

まったくもってその通りだと同感できる事ばかりだけど・・・

白川かおるさん、恐るべし。と、この時から私の頭の中に刻み込まれた。

滝氏はというと、かおるさんよくご存知ですね。なんて、

さらっと笑いながら返している。

きっといつもの事なんだろう。


「・・・えと、あの、私が想像とは違う、と言う事について、

 だったと思いますが」


一応話を戻してみる。

かおるさんが私をどういう風に感じているのか、やはり気になる。


「そうそう、美海さんの話だったわ。

 もっときつい・・・細々した女性だと思っていたのよ。

 料理が上手で気が利いてきれい好きの言うことなしの家政婦さんだって、

 漣太朗さんが手紙に書いていたから」


素直に受け取っていいのか分からない。

二人の間柄を考えると、

滝氏としてはかおるさんに心配をかけさせないように。

と思ってそう書いただけで、

現実の私にそう思っているかどうかは別なのでは無いかと勘繰ってしまう。


「はぁ、そうですか」


淡々とした返事をする。


「でも、あなたは柔らかい雰囲気で、

 小さな事に動じない芯のしっかりした所がありそうだわ。

 何でもできるような女性って、

 妙なこだわりがあったり、細々と注文が多かったり、

 気が利く代わりに他人にも求めてしまうもので、

 愚痴が多かったり、してしまうものだから」


『気が利いて言うことなしの家政婦』と言うのは、

かおるさんから見ると滝氏の思いとは裏腹に心配のタネになっていたようだ。


「美海さんで良かったわ、安心した。

 漣太朗さんって本当にマイペースを貫く人だから。

 あなたのようにやんわりと受け入れてくれる人が側にいてくれると安心だわ」


ちょっと、ちょっとかおるさん。

そう言うセリフは、彼の恋人や奥様になる人にいうべきかと思いますが。

私はいつ出て行くかも分からないただの新人家政婦ですよ。

と心の中でブツブツ言ってみたが、

かおるさんを安心させたい滝氏の子心(?)を考慮して口には出さない事にした。


「そう言っていただけると、安心して私ここに住んでいられます」


と言っておいた。本当は愚痴は多いし、

少しの事にもビクビクするし、大して気も利いていませんよ。

などなど大変ネガティブで卑屈な気持ちを持っているのだが、

そう言う気持ちを口にする事で、

他人に不快な思いをさせてしまう事を知らない歳では無い。

もちろん経験上、社会に出て接客の仕事をして来たので、

対人における心と言葉のやり取り、駆け引きのようなものは多少身に付けている。

それによって頭でっかちになって、愛実の言うように考え過ぎで、

行動に移す事ができない場面がたくさんある。

・・・まぁこういう性格なので仕方が無い。

変える努力をするより、受け入れる方が意外と大事だと言う事も、

より難しいと言う事も、もう知っている。


「漣太朗さんの事よろしく頼みますね」


「え、あ、はぁ・・・」


滝氏はというと目の前でそんな会話が繰り広げられているにもかかわらず、

素知らぬ顔で花を眺めている。

椅子に深く腰掛けて、ぼんやりと。

両手に包むようにして湯呑みを持ち、組んだ足の上においている。

まるで、初老のおじいさんの様だ。

聞いているのかいないのか、何を考えているのやら・・・


「本当に、漣太朗さんはこんなんだけど、悪い人では無いのよ」


初老のおじいさんのような滝氏を見ながらかおるさんは言う。

ちょっとおじいさんしっかりして下さいな!

とでも言いたげなかおるさんの顔。思わず吹き出した。


「ぷっあははははっ!分かります。かおるさん。

 悪い人では無いって事だけは」


私はかおるさんの方を向いていたのだが、

視界の端で滝氏がこっちを向いたのがわかった。

私が笑い出したのに驚いたのだろうか。

そう言えば彼の前でこんなに声を出して笑ったのは初めてかもしれない。


「滝さんにはこんなに想ってくれるお母さんのような方がいるなんて、

 素敵ですね」


「僕もそう思う」


何とも他人事のように滝氏が相づちを打つ。

まったく。

かおるさんと私が同時に滝氏の方を見る。

弾かれたように彼は大きく口を開けて笑った。


「二人、同じ顔してるよ」


手の甲で目の下をこする。


「おかしいね、本当に。涙出て来た。(笑い過ぎで)」


かおるさんと私はあきれ果ててしまった。


「おかしいのはあなたの方ですよ」


一瞬自分が言ったのかと思ってびっくりした。

よかった、かおるさんだった。

それにしてもかおるさんの言葉は見事と言うべきか、

皮肉たっぷりのセリフが、何とも小気味良い。

そして滝氏はと言うと、はいはい、そうですね。

なんて言いながらまだ笑っている。

あぁ、平和だなと思うと顔がゆるんだ。

もう、何年も昔から、

この人達とこんな穏やかな時間を過ごして来たような、

安心感。

よく晴れた春の日の午後。八分咲き。

程よい見頃の桜を見ながら、

ただただ、楽しい時が過ぎて行った。




その夜かおるさんは私の部屋の隣の客室に泊まり、

次の日滝氏は朝から仕事だったので、

朝食の後、私がかおるさんを自宅まで送って行った。

もちろん、滝氏の愛車のプーさんで。


かおるさんが帰った次の日は雨だった。

この雨でまだ蕾の花が開き、雨があがるころ

庭の桜は満開を迎えるだろう。

つづく

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『MIMI』第13話・雲野詩子 ②


 MIMI  -ミミと美海と滝さんについて-




    第13話 ②


初めてこの滝邸に訪ねて来たのもこんな気持ちの良い春の日だったわ」


「そうでしたか?」


「ふふふ、もう漣太朗さんは覚えていないでしょうね。まだ小学生でしたもの。


 風の無い快晴、花の見頃の穏やかな日でした。


 新緑の楓と淡い薄紅色の桜に迎えられて、


 とても幸せな気持ちになったのを覚えています」


そうか、かおるさんは滝氏が小学生の頃からずっと家政婦として彼の面倒を見て来たのか。


きっと滝氏について知らない事の方が少ないんだろう。


「澄子さんはあの頃おいくつでしたか?」


滝氏がかおるさんに尋ねる。誰だろう、と首を傾げると


「澄子さんはかおるさんのお嬢さん」


と滝氏は私に補足をしてくれた。


なるほどと思いながら目線をかおるさんに戻す。


「あらいくつだったかしら。漣太朗さんは確か8歳・・・澄子は15だったかしらね」


「そのくらいですね。いつもセーラー服を着ていた様に思います。


 姉と妹と三人で良く勉強を見てもらったり、とてもお世話になりました」


??


かおるさんはお子さんがいらっしゃるので通いだったのかと思っていたのだが、


お子さんと一緒に住み込んでいたのだろうか?


それとも親子で通って来ていたのだろうか?


・・・聞いていいかわからない事だ。


それを聞くと自然と旦那様の話に繋がってしまう。


今日さっき会ったばかりの自分が問うていいものか・・・


気にはなったが聞かないでおく事にした。


そんな私にかおるさんはふわりと笑った。


「親子二人で住み込ませてもらっていたのよ、この滝邸に。


 澄子が十の時に夫が事故で亡くなってね、


 まだ女性が働くのに、安定した収入の得られる仕事に就くには、


 間口の狭い時代だったから、なかなか安定して雇ってくれる所が見つからなくて、


 その日暮らしみたいな生活が続いてね。


 そんな時に親子で住み込みでどうだろう。と声をかけて下さったのが、


 漣太朗さんのご両親だったのよ。


 心から救われたわ。


 門を入ると、この桜と楓がきらきらと輝いて見えて、


 まるで私たちの訪れを祝福してくれているようだった。


 滝家の方々が五人並んで笑顔で出迎えてくれて。


 あの日の事を私は一生忘れませんよ」


かるさん親子が滝邸に来るまでにそんなドラマチックな物語があったなんて・・・


と驚いたのは私だけでは無かった。


私以上に、滝氏は驚いた表情をしていた。


「知りませんでした。僕たちは母からそう言った事は聞かされていなかった。


 二人が来る前、母は僕たち三人に、


 『私一人では仕事をしながら家事をこなし子育てをするのは大変だから、


  二人に助けてもらう必要があるのだ』 と、だから


 決して二人に失礼の無いようにと話をしました」


「そうだったの。ふふ、奥様らしいわね。


 旦那様はお仕事で出掛けられて帰れない事が多かったから・・・


 奥様はお若いのに本当に器の広い優しい方でした」


「・・・かおるさんと母は同じくらいの歳では?」


「あら。奥様に失礼ですよ漣太朗さん。私の方が五つも年上です。


 まぁ、中身は反対でしたけど。いつも助けられてばかりでした」


すごい。私、今、滝家の家族の歴史を聞いている。なんとなく、うれしい。


なんて油断をしているとかおるさんから質問が飛んで来た。


不意打ちだ。


「そう言えば美海さんはどういう経緯で漣太朗さんの家政婦に?」


んん・・・そんなドラマチックな話は何も無いのですが、


たまたまが重なっていつの間にか一年が経とうとしています。


なんて曖昧模糊と中身の無い話は失礼なので、(本当だけど)


簡単に話す事にした。


「海に、」


「え?海?」


聞き返したのは滝氏だった。

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