MIMI -ミミと美海と滝さんについて-
第17話
一緒にごちそうさまをしてから、
滝氏がサンドイッチの包み紙とジュースのパックを回収。
してくれたのだが、私が持って来たファイルと、
ゴミとを一緒にエコバッグに詰めようとしたので慌てて取り返した
。
ゴミはゴミでビニールの袋にまとめてあるので、
ファイルが汚れる心配は無いのだが。
「コレは私が片付けます。ごちそうになったので。
・・・そんな、いいのに。って顔されても返しません。
さぁ。はやく散歩に出ましょう」
そう言って自分のバッグにゴミを詰め込んだ。
と、まぁやってる事は滝氏とおなじなのだけれど。
イングリッシュガーデンを出ると駐車場とは反対の方向に歩き出した。
至る所に簡単なベンチや椅子らしきものが設置されていて、
丁度、お昼時だったのでどこも学生で一杯だった。
「今日は天気が良いからみんな外で食べたくなるんだろうね」
「うん、きもちいいですよね」
スラックスのポケットに手を入れて隣を歩く滝氏を見て、
そういえば意外と背が高かったなと改めて思った。
こんな風に彼と並んで歩く事はなかなか無い。
少しだけ心がふわりと浮いた。
今日は紺地に灰色のピンストライプのスーツのスラックスに、白のシャツ。
長くも短くも無い髪を一応、目に掛からないように後ろに流している。
確かにどう見てもどこにでもいるサラリーマンだ。
暑いのか、襟元のボタンを一つと袖のボタンを外している。
ネクタイとジャケットはどこかに置いて来たようだ。
駐車場に現れた時既に着ていなかった。
滝氏はいつも僅かな整髪料と手櫛で、
適当に髪をかき上げて後ろに流す。
一応、してみた。
一応、サラリーマンだから、それらしく。
目に掛からなかったらいいよね。
という具合だ。
そう言えば櫛を使ったのを見た事が無い。
いや、櫛自体を滝邸で見た事が無い。男の人はそんなものなのだろうか?
私は髪を短くした事が無いので、櫛の無い生活は考えられない。
にしても、私はどうして滝氏の勤める学校を散歩してるんだろう。
ふと、我に返る。
見渡すと当たり前だけれど学生ばかりで、滝氏は先生で、
私はというとまったくの部外者である。
彼に言われるがままに着いて来た事に少し後悔する。
まだ27歳なので学生に見えなくも無い。かもしれない、が・・・
いや、やはりムリがあるか・・・
10代後半から20代前半の無防備で、
エネルギーを持て余すようなカラフルな若さはもう無い。
20代、慌ただしく進み行くその十年間の僅かな時間で女は大きく変化する。
外見もだけれど、特に内面。
個人差はある。もちろんあまり変わらない人もいるだろう。
けれど、驚くほどにたくさんの未経験の出来事に出会い、
様々な人々に出会い、長く濃い数年間を瞬く間に通り過ぎて、
少女から女性へと。
年を取ったとは思わない。そう言えるほどにはまだ若すぎる。
けれども微妙な年齢にさしかかっているのは自覚している。
多分その自覚があるかどうか。
気付いた時点から、無駄にエネルギーを放出しなくなる。
きっと、持て余すほどのエネルギーは持っていない事に、
気付かされ、知るからではないだろうか?
限りあるエネルギーをどう使うか。
そういう発想から動き出すようになると自ずと、
外に向けて発っせられる色は決まって来る。
「この建物の二階にね、市岡善久(いちおか よしひさ)准教授の部屋があってね」
「はぁ・・・」
何の話だ?
「大学の日は僕は大体そこに居るから。講義の時以外ね。
また何かあった時はよろしくね」
むむっ?次はそこまで持って来いと?
そうか!そのための散歩だったのか。
あぁ・・・罠に填められた気分だ。
「・・・何も無いと良いですね」
「そう?僕はまた美海さんが来てくれると嬉しいけど」
「!?」
出たー!滝漣太朗の反則技!
しかしコレは不意打ち、なかなかのダメージだ。
何か反撃を繰り出したい所だが感情を抑えるので精一杯。
何か言ってやりたくて口を半開きにしたまま、
彼のいつもの冷たくも暖かくも無い笑顔を見上げた。
「滝せんせー!」
後ろから呼び止められて滝氏が振り返ると女の子が駆け寄って来た。
「滝先生、お久しぶりです!」
「あなた・・・」
つづく。。。
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MIMI -ミミと美海と滝さんについて-
第15話
その日、滝氏は珍しく忘れ物をした。
と言うよりも必要無いと思い家に置いて行った所、
急に必要になってしまったようだ。
朝食の片付けが終わってすぐに電話がかかって来た。
「大学の講義が終わってから、
高校の方の会議に行かなくてはいけなくなって。
今日は高校の方に行く予定がなかったものだから・・・
机の右側の棚にあると思うんだけどね」
「青いファイル?
右側の棚に青いファイルは3つくらいありますけど、
どれでしょう?」
「白いUSBメモリーがどこかに入ってるファイルなんだけど」
「え?白のUSB?あ、これかな、8GBのですか?」
「そう、それだと思う。
大学の方に持って来てもらえる?
11時から13時まで空き時間があるからできればその間に。
車で一時間くらいかな?
正面の門、入ってすぐに来客用の駐車場があるから、
着いたら連絡してね」
「はい、他には何かありませんか?」
「それだけで大丈夫。ありがとう。よろしくね」
時計を見ながら洗濯とトイレお風呂掃除をしてから出かければ、
丁度良さそうだと確認して、洗濯機にスイッチを入れた。
滝氏は学校の先生をしている。
私立大学の附属高校で英語の教員だそうだ。
それから週に2回、
水曜と土曜は大学の方でも講師をしているらしい。
なので、大学の日は一日大学にいて、
高校へ立ち寄る事はまず無い。
もちろんその逆、高校にいる日(月、火、木、金)に、
大学に行く事も無いらしい。
滝邸から、最寄りの駅まで徒歩約20分。(滝氏は毎朝歩いている)
その駅から、大学の最寄りの駅までが電車で20分。
そして駅から大学まで自転車で10分ほどだと言っていた。
大学と高校は隣接して建っているけれど、どちらも敷地が広いので、
移動手段として自転車があると便利らしい。
「それに学校周辺の道があまり広く無くて。
学生がたくさん歩いたりしてる中、運転するのはこわいし、
大学生はバイクや車で通学してる人もいる。
高校生は保護者の方が車で迎えに来るし。今結構多いよ。
だから道が混んでめんどくさくてね」
というのが、「どうして車で通勤しないんですか」
という私の質問に対する答えだった。
面接の時に、僕はサラリーマンだ。と言った滝氏が、
学校の先生だと知ったのは、住み込み三ヶ月目に
「明日から一ヶ月夏休みだから」
と言われて初めて知った。
「といっても補習とか部活とかで、僕は休みほとんど無いけど。
勤務時間が変則的になるから、よろしくね」
「・・・滝さん、サラリーマンっていませんでしたか?」と聞くと、
「うん、サラリーマンだよ」と返ってきた。
まぁ・・・そう言われるとそうですね。
と言う話になりますが、・・・が、なんとなく腑に落ちない。
なんとも狐にツママレタ気分だった。
今となっては彼らしい答え方だなと思うけれど、
その時は心の中で「なにそれー!!」とぶーぶー文句を言った。
きっと公立高校の先生だったら「公務員だよ」と言うんだろう。
滝氏に、先生としての誇りは?などと問うてみたなら、
「ホコリは少ない方が良いよね。最近アレルギーの子が多いし」
なんてセリフが返ってくるんじゃないかと私は思う。
真面目に働いてはいそうだが、
熱い指導を、熱のある授業を・・・している滝氏は、想像できない。
英語は好きでは無いが、一度授業参観してみたい。
11時半頃、予定通りお風呂掃除まで終わらせて、
滝氏の勤める大学の駐車場に到着した。
つづく・・・
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MIMI -ミミと美海と滝さんについて-
第14話
「ええ、海に行った帰り道です。
前の仕事を辞めて、毎日ぼんやり過ごしていて。
たまに電車に乗ってこの近くの海にぼんやりしに来ていたんです。
ここから歩いて30分くらいの海岸が結構お気に入りで、
ふらふら散歩するのも好きで、歩いてたんです。この辺。
そろそろ次の仕事考えないとなーって思ってた時に、
この滝邸の門の横っちょに家政婦募集のはり紙があって、
後から考えると家政婦専門の派遣に登録したりした方が・・・
と思いましたが、その時は何も考えずに電話して面接に来てしまって。
おやつに釣られて、気付いたら住み込んでたんです」
聞いていた滝氏は声をこらえて、腹を抱えて笑っていた。
笑い事ではありません。と言いたくなったが、
かおるさんがいるので睨むだけにしておいた。
かおるさんの方は、あら、とか、まあ、とかいいながら聞いていたが、
おやつのくだりがよく分からなかったらしく、
おやつに釣られてってどういうことかしら、と質問した。
「滝さんが、おやつ代も出してくれるって言ったので、
安易にラッキーと思ってしまったんです」
「・・・まぁ」
かおるさんは目をぱちくりさせた。
「いや、世間知らずとかでは無くて、今考えても私アホみたい、
っていうかなぜそうなったかわからないんですけど、
あの時はそれが自然ななりゆきみたいに・・・」
自分で話していて混乱して来た。
「・・・すみません、何も良く考えていなかったんです」
目をぱちくりさせていたかおるさんは、一度滝氏の様子を見てから、
ふふふ、と笑った。
「美海さんは可愛らしい方ね。やはり想像とはちがうわね」
「どんな想像をしていましたか?」
「いえね、気を悪くしたらごめんなさい。もっとしっかりした、
というか、色々と細かい方なのかと思っていました」
「あ・・・・・はぁ・・・」
か、かおるさん、そんな本当の事を・・・
確かに、しっかりどころか、ぼやっとしていて色々適当ですが・・・
「漣太朗さんこんなんだから」
!!
こ、こんなん?!なんとなく言いたい事は分かるけど、こんなんって。
かおるさんさすが・・・なかなかやるな。
「あら、失礼。本人の前で」
わざとらしく驚いた顔をしてから、ニヤッと笑って滝氏を見る。
「構いませんよかおるさん。こんなんとはどんなんでしょうか?」
彼は彼でわざと真面目な顔で受け答える。
「そう?じゃぁ失礼して」
というと私の方に向き直った。
「漣太朗さんって仕事人間でしょう。それなりに真面目ではあるけど・・・
正直、気の利く方でも無いし、のぺーっとしているようで、
世の中を斜めから見ているような所があるでしょう。
見てないふりしてよく観察していたり。
意外に素直な所もあって信用できる人間ではあるんだけど、
だけど、まぁ正直、性格が良いとは言えないわよね。
・・・で、私何が言いたかったのかしら・・・」
・・・かおるさん、そんなにはっきりと本当の事を淡々と。
まったくもってその通りだと同感できる事ばかりだけど・・・
白川かおるさん、恐るべし。と、この時から私の頭の中に刻み込まれた。
滝氏はというと、かおるさんよくご存知ですね。なんて、
さらっと笑いながら返している。
きっといつもの事なんだろう。
「・・・えと、あの、私が想像とは違う、と言う事について、
だったと思いますが」
一応話を戻してみる。
かおるさんが私をどういう風に感じているのか、やはり気になる。
「そうそう、美海さんの話だったわ。
もっときつい・・・細々した女性だと思っていたのよ。
料理が上手で気が利いてきれい好きの言うことなしの家政婦さんだって、
漣太朗さんが手紙に書いていたから」
素直に受け取っていいのか分からない。
二人の間柄を考えると、
滝氏としてはかおるさんに心配をかけさせないように。
と思ってそう書いただけで、
現実の私にそう思っているかどうかは別なのでは無いかと勘繰ってしまう。
「はぁ、そうですか」
淡々とした返事をする。
「でも、あなたは柔らかい雰囲気で、
小さな事に動じない芯のしっかりした所がありそうだわ。
何でもできるような女性って、
妙なこだわりがあったり、細々と注文が多かったり、
気が利く代わりに他人にも求めてしまうもので、
愚痴が多かったり、してしまうものだから」
『気が利いて言うことなしの家政婦』と言うのは、
かおるさんから見ると滝氏の思いとは裏腹に心配のタネになっていたようだ。
「美海さんで良かったわ、安心した。
漣太朗さんって本当にマイペースを貫く人だから。
あなたのようにやんわりと受け入れてくれる人が側にいてくれると安心だわ」
ちょっと、ちょっとかおるさん。
そう言うセリフは、彼の恋人や奥様になる人にいうべきかと思いますが。
私はいつ出て行くかも分からないただの新人家政婦ですよ。
と心の中でブツブツ言ってみたが、
かおるさんを安心させたい滝氏の子心(?)を考慮して口には出さない事にした。
「そう言っていただけると、安心して私ここに住んでいられます」
と言っておいた。本当は愚痴は多いし、
少しの事にもビクビクするし、大して気も利いていませんよ。
などなど大変ネガティブで卑屈な気持ちを持っているのだが、
そう言う気持ちを口にする事で、
他人に不快な思いをさせてしまう事を知らない歳では無い。
もちろん経験上、社会に出て接客の仕事をして来たので、
対人における心と言葉のやり取り、駆け引きのようなものは多少身に付けている。
それによって頭でっかちになって、愛実の言うように考え過ぎで、
行動に移す事ができない場面がたくさんある。
・・・まぁこういう性格なので仕方が無い。
変える努力をするより、受け入れる方が意外と大事だと言う事も、
より難しいと言う事も、もう知っている。
「漣太朗さんの事よろしく頼みますね」
「え、あ、はぁ・・・」
滝氏はというと目の前でそんな会話が繰り広げられているにもかかわらず、
素知らぬ顔で花を眺めている。
椅子に深く腰掛けて、ぼんやりと。
両手に包むようにして湯呑みを持ち、組んだ足の上においている。
まるで、初老のおじいさんの様だ。
聞いているのかいないのか、何を考えているのやら・・・
「本当に、漣太朗さんはこんなんだけど、悪い人では無いのよ」
初老のおじいさんのような滝氏を見ながらかおるさんは言う。
ちょっとおじいさんしっかりして下さいな!
とでも言いたげなかおるさんの顔。思わず吹き出した。
「ぷっあははははっ!分かります。かおるさん。
悪い人では無いって事だけは」
私はかおるさんの方を向いていたのだが、
視界の端で滝氏がこっちを向いたのがわかった。
私が笑い出したのに驚いたのだろうか。
そう言えば彼の前でこんなに声を出して笑ったのは初めてかもしれない。
「滝さんにはこんなに想ってくれるお母さんのような方がいるなんて、
素敵ですね」
「僕もそう思う」
何とも他人事のように滝氏が相づちを打つ。
まったく。
かおるさんと私が同時に滝氏の方を見る。
弾かれたように彼は大きく口を開けて笑った。
「二人、同じ顔してるよ」
手の甲で目の下をこする。
「おかしいね、本当に。涙出て来た。(笑い過ぎで)」
かおるさんと私はあきれ果ててしまった。
「おかしいのはあなたの方ですよ」
一瞬自分が言ったのかと思ってびっくりした。
よかった、かおるさんだった。
それにしてもかおるさんの言葉は見事と言うべきか、
皮肉たっぷりのセリフが、何とも小気味良い。
そして滝氏はと言うと、はいはい、そうですね。
なんて言いながらまだ笑っている。
あぁ、平和だなと思うと顔がゆるんだ。
もう、何年も昔から、
この人達とこんな穏やかな時間を過ごして来たような、
安心感。
よく晴れた春の日の午後。八分咲き。
程よい見頃の桜を見ながら、
ただただ、楽しい時が過ぎて行った。
その夜かおるさんは私の部屋の隣の客室に泊まり、
次の日滝氏は朝から仕事だったので、
朝食の後、私がかおるさんを自宅まで送って行った。
もちろん、滝氏の愛車のプーさんで。
かおるさんが帰った次の日は雨だった。
この雨でまだ蕾の花が開き、雨があがるころ
庭の桜は満開を迎えるだろう。
つづく
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