先日
元高校国語教諭とその元教え子の恋のお話の小説を読んだ
お話の中の元国語教諭はなんだかスッとした
かっこいい男の人だったけれど
私の中で国語の先生といえば
ペットボトルのお茶なんて飲めない
サラッとした女性のイメージである
ペットボトルのお茶なんて飲めない理由を
「おいしくない」
ときっぱりと言う
悪意がないので聞いていて嫌な気がしない
柔らかいハスキーボイスで生徒達に
「若年性健忘症」
というのが口癖だった
国語の成績が特に良かったわけでも
他の教科より好きだったわけでも無いが
その先生の事だけはよく覚えている
今想えば
憧れる女性のイメージの中にはいつも
その先生のイメージがどこかにあった気がする
確かその先生に手紙を書いた事もあった
内容は忘れたが 大した事では無かったと思う
先生からの返事も「手紙ありがとう」というような
何でも無い文面で国語の先生らしくとても達筆だった
久々に思い出したら
会いたくなった
会いたい人に会いたい時に
会えればいいのになとよく思うけれど
それが願い事の中でも最も難しい事の一つだという事を
大人になる中で学んで来た
上等で高価なバッグを買うよりも
良く良く磨かれた美しい宝石を身につけるよりも
ずっと
ずっとずっとムツカシイ
なぜなら大好きな彼にはかわいい彼女がいたり
会いたくて会える距離に住んでいなかったり
ふと思い出した古い知人とは連絡の方法が無かったり
時には
生きていない場合もある
きっと世の中は簡単にはうまく行かないようになってるんだ
そう思うと目の前にある
忌々しい厄介事の一つや二つが少しは楽になる
フンッ恋愛なんて私にとって大きな事じゃないわ
なんて強がってみても
恋に落ちてしまえば
日常の大半が影響を受ける事は否定できない
例えば小さな事だけど
道を歩いていて
通りすぎる車の中に彼の車を探してしまう
居ないとわかっていても
とかね
そういえば最近海に行っていない
そうだもうすぐ夏だからだ きっと
海が大好きだけれど夏になると足が遠のく
陽気な人々が薄着で海に浮いたり
浜でうろうろしているのがなんとなく苦手で
なかなか気持ちが海に向かない
台風でも来たらサーファーくらいしか近寄らないのだが
わざわざそこを狙って行くのもどうだろう めんどくさい
でも
今度やってみようかな
冬の海が好きなのかもしれない
耳を塞ぐ強い波と風の音は
心にここちよく響く
ビーチの片隅にあるベンチに座り込んで目を閉じる
そのまま
風に吹き上げられて
風に導かれて
海を渡り
海の向こうの見た事の無い町へ飛んで行く
白い砂の粒子になりたい
その砂の粒子は
南の太陽の下で淡い黄色に
海の中で青く
西の太陽の光に紅く染まり
月夜に藍に沈む
東の太陽が目を覚ます頃
やさしい藤色から白銀に
時と共に移り変わってゆく事を恐れず
また 白にもどる
日常の中に
白紙に戻る時間を
今まで生きてきた時間の中で起きた全ての出来事を
白紙にする事は出来ない
だけどこれから
今からの十分二十分を白紙の時間にするという提案
きっと誰にでもできる
(領収書の宛名の欄に(株)を書くのにうまく書けず「木偏に朱色の朱」
とかいう助言をもらわなくてはいけないような
頭の回転のニブイ人にでも できる)
一日の中の空白の時間
オパールのような黒い宝石になる
そして真珠のようなピュアな白い衣を纏う
そうやって白紙の時間に
めいっぱいの夢と希望を描く
白がなぜ白く見えるのか
それは光の中にある全ての色を反射することで白く見える
黒がなぜ黒く見えるのか
それは光の中にある全ての色を吸収することで黒く見える
黒の中には全ての色が詰まっている
白には全ての色を輝かせる力がある
ところで夜の色は黒ではなく
私は藍だと思う
藍色の空に七色の星
白金の月が うたう
こもりうた
あまくてやさしい夢をみる
夢の中で出会ったのは誰だっただろう
目が覚めると忘れてしまう
だけどきっともうすぐ出会う
もうすぐ近くにいる 気がする
***おわり***
http://
[0回]
『バックスタイル』 雲野 詩子
その背中を見つけた時すでに、
恋に落ちてしまっていたのだと、
気づいたのはずいぶん後になってからだった。
なぜならその頃の私は
恋ってドキドキわくわくするもの
だと思っていたからだ。
好きな人を見つけたら
ドキッとして、
こっちを振り向いてくれないかと
わくわくする。
振り向いてくれたらその嬉しさに
またドキドキして、
二人だけの時間にわくわくする。
彼の後ろ姿を見た時に私は
心の中でクスリと笑った。
桜の蕾の膨らみ始める季節
ほろ酔い気分もいいところだったので、
ここといった所に焦点も合わず店内をぼんやりと眺めていた。
そんな中でふと目に止まったのが彼の後ろ姿だった。
彼はネイビーのテーラードジャケットを羽織っていて、
そのジャケットには袖口に四つのダークグレイのボタンが付いていた。
メタリックに近い変わったボタンだったが、
気になったのはその左手のボタンの上の方にくっついていた
赤い糸。
赤いシャツや赤いセーターを着ているわけでは無いのに、
なぜあんな赤い糸を
どこで何があってそんな赤い糸をくっつけてしまったのか。
友人らしき人達と会話をしているようだが、
誰もその事に気付いて取ってあげようとはしないのだろうか。
もしかしてあの赤い糸に気付いているのは私だけ?
ある意味、
運命の赤い糸。
なんてね。
そんなことを考えて、私はクスリと笑ったのだ。
それから飲みかけのグラスを空けてしまって席を立った。
バーを出る前になんとなくもう一度彼を捜した。
いないな、もう帰ったのかな。
そう思ってドアに手をかけると
そのドアのすぐ横に彼は立っていた。
もちろん袖口には変わらず、
赤い糸。
楽しくなって一人でふふふと笑う。
私は本当にただの酔っぱらいだった。
私の笑い声が聞こえてしまったのか、
それともたまたまなのか次の瞬間
彼は振り返った。
そして目が合った。
しらふの私ならそこで素早く目を逸らして、握ったドアノブを押して出て行っただろう。
けれど私は酔っぱらいだった。
半分しか開いていない目をその人の目に遭わせたまま、
彼の左手を、ギュッと握ってグッと持ち上げた。
「赤い糸、付いてるよ」
にやっと笑ってその場を後にした。
その後どうやって家まで帰ったのかは覚えていない。
次の日の朝、ひどい二日酔いで仕事を休んだ事だけ覚えている。
二、三日して仕事の帰り道、
また懲りずに、今度は近所の居酒屋へ行った。
カウンターに座り、
呑み過ぎない。
と自分に言い聞かせて、ゆっくりと小鉢に箸を進めた。
5分もすると店内に人が増えてきて私の隣の席にも男性客が一人座った。
私の飲んでいたお酒が美味しそうに見えたのか、
「なに飲んでいるんですか」
と聞かれた。
いい人そうだったので素直に答えた。
「酔鯨」
「おっいいですね。おれもそれにしよう」
それからなんとなく会話している内に妙に親しくなってしまった。
初対面の人に口癖の様に聞く、仕事はなんですか。
といった質問をすると彼は名刺をくれた。
お礼を言った後に、すいません名刺を持っていませんが、と一言断ってから自己紹介をした。
程よく酔って愉しい気分で家路に着いた。
明るい三日月を眺めながら、一人で歩いて帰ったのを良く覚えている。
一週間ほどして、見覚えの無い携帯番号から着信がはいった。
首を傾げながら出ると、一緒に酔鯨を飲んだ彼だった。
また飲みませんか。というお誘いの電話で、
じゃぁ、まぁ。
と言って、飲みに行った。
もらった名刺は手帳に挿んだまますっかり忘れていた事を思い出して、
慌てて携帯に登録した。
ふと、自分の番号をいつ彼に教えたのだろうかと考えたが、思い出せなかった。
記憶を無くすほど飲んではいないつもりだったが、
自覚しているより酔っぱらっていたのかもしれないと思い直した。
それから何度か一緒に飲みに出掛けて、夏が始まる頃には付き合うようになっていた。
週イチ家呑みの日。
という恒例行事がいつの間にかできていて、
その名の通り、週に一回どちらかの部屋で夜通し呑み語る。というものだ。
その日もいつものようにつまみを買い込んで彼の部屋に向かっていた。
前を歩く彼の背中を見ながら、ふと
赤い糸の男の人の事を思い出して、
ふふっと笑った。
どうしたの?
と言って彼が振り返る。
なんでもない。
答えて、またふふふっと笑った。
そして秋が深くなる頃には一緒に住むようになっていた。
恒例だった週イチ家呑みの日は、
週イチ外呑み、に変わった。
「今日どうする?」
「駅前の居酒屋にしようか」
「わかった、じゃ8時に駅前な」
朝出勤の準備をしながら、慌ただしく夜の予定を確認する。
「何かあったら連絡して」
「うん、わかった。いってらっしゃい」
「いってきます。君も気をつけて」
「ありがと、あなたもね」
台所から玄関に顔だけ覗かせて彼を見送ると、適度に片付けて自分も家を出た。
ただ、毎日が平和に過ぎる。
彼と過ごす日々はとても穏やかで、
まるでずっと昔から一緒に暮らしていたかのように、居心地が良かった。
仕事を終えて待ち合わせの駅のコーヒーショップに入って、彼からの連絡を待った。
だいたい、いつも彼のほうが一時間ほど遅くなる。
窓際に座り、時間潰しに持って来た本を読みながらコーヒーを飲む。
ふと、外を見ると行き交う人の流れの中に懐かしいジャケットを見つけた。
あ、あの時の赤い糸。
そう思ってまたクスッと笑った。
本に目を戻して読み始めると、肩にぽんっと手が乗っかった。
「おまたせ」
見上げると、今朝台所から見送った顔がそこにあった。
よく見ると、ネイビーのジャケットを羽織っている。
あれ?
と思って袖口に目を移す。
ダークグレーのボタンの数を数える。4つある。
「ねぇ、私・・・このジャケット見た事ある」
「え?あるだろ、ずっと家にあったし」
何でもない事のように彼は答える。
「ちがう、春頃にバーでみたの」
一瞬彼は目を見開いて、わはっと笑った。
「本当にこのジャケット好きなんだな」
「好きなんて言ってないわ、見たって言ってるの」
彼の言ってる意味が分からずに、眉根にシワを寄せながら言葉を返す。
ニヤニヤと顔をゆるませたまま彼は尋ねてきた。
「あの日の事を君はどこまで覚えているの?」
目をぐるりと回しながら、あの日の事を考える。
「ジャケットに赤い糸が付いていて、
店から出る時に探したらドアの横に立っていて、
赤い糸付いてるわよって言って外に出た。」
「それから?」
「家に帰ったわ」
「どうやって?」
「外に出てからの事は覚えて無いの、
でも次の日の朝はいつも通り家で寝てたわ」
彼はくくっと笑った。
「そうか、そこから覚えて無いのか」
「え?何?」
「おれは君がどうやって家に帰ったのか知ってるよ」
そう言いながらゆっくりと私の隣の席に座った。
彼の顔を凝視しながら背中に冷や汗をかく。
記憶のないあの夜、私は一体何をしでかしたのだろう。
「ど、どういうこと?」
「あの日・・・」
「いや、待って、聞く心の準備ができて無い!」
慌てて彼の言葉を遮る。
「・・・またにする?」
「待って、20秒待って」
背筋を伸ばして大きく深呼吸を3回した。また、になんてしたら今日夜眠れない。
「うん、わかった。先に謝るわ。・・・本当に、ごめんなさい」
深く彼に向かって頭を下げた。
彼はまたわはっと笑った。
「はい、教えてください」
そう言って目を閉じた。いろんな想像が渦を巻き、彼の顔を見ていられない心持ちだった。
「君が、おれの手を掴んで言った。
赤い糸付いてるよ。
そのままフラフラ外に出て行った君を、おれはすぐに追いかけてドアを開けた。
多分、一目惚れだったんだと思う。
君がわざわざ赤い糸が付いてると教えてくれたのに、
糸より君の事が気になったんだ。
いやもしかしたらおれも半分酔っぱらっていたから、
君に誘われてるんだと勘違いをしたのかもしれない。
とにかく、君を追って外に出た。
でも君はいなかったんだ。首を伸ばしてグルグル見回したけど、
人ごみの中に君を見つけられなかった。
すぐに諦めて店に戻ろうとしたら、ドアの横にうずくまってた」
「わたしが?」
「そう、君が。吐いてるのかと思って焦ったよ。
大丈夫って言って駆け寄ったら、
目眩がするって言って君、おれの方に倒れかかって来たんだ」
「・・・ごめんなさい」
「いや、見るからに悪そうだったから、自力で帰るのは無理だろうなと思ったんだ。
だからそのまま君を抱き上げて近くのタクシー乗り場まで連れて行った」
「・・・・すみません」
「タクシーに乗せてしまえば大丈夫だと思って、家はどこなのって聞いたんだよ。
フフッ、君さ、何て答えたと思う?」
「・・・」
「海行きたい」
「・・・すみません・・」
「何回聞いても同じ答えだったから、結局一緒にタクシーに乗った。
悪いなとは思ったんだけど、
君のバッグの中から免許証を探し出して住所をドライバーに伝えた。
走り出してちょっとの間君は動かなかったから、おれの膝の上から。
眠ってるのかと思ってたら突然、なんで赤い糸つけてるのかって聞いて来た。
そんなこと言ってたなと思って袖口を見て、本当だって言ったら、
君、ニヤッと笑って、
運命の赤い糸。
とか言って・・・一瞬そのままおれの部屋に連れて帰ろうかと思ったよ」
「・・・」
彼は楽しそうに話しているけれど、私は全く笑えなかった。
「まぁ。それはおいといて、とりあえずジャケットの裏地を見せて、
赤い糸は多分ここの糸だよって君に教えた」
そう言って彼はジャケットを開いて裏地を見せた。
裏地はネイビーのナイロン生地に金と白のストライプの刺繍、
そして背中から右腕にかけて朱い檜扇の花の刺繍が施されていた。
「あら、素敵!」
思わず、その刺繍に見惚れてしまった。
「そうそう、あの時も今と同じ反応。このジャケット好きって言って。
やっぱ運命だわ。とかなんとか言いながらゴソゴソと携帯を取り出して、
赤外線。って言った。
だからその時にアドレスも番号も交換してたんだよ。本当はね。
・・・君は何か言いた気な顔をしているけど、
もう少し黙ったままおれの話を聞いてくれる?
それから君を君の家へ送り届けて、おれも自分の家に帰った。
二、三日して、たまたま立ち寄った駅で君を見つけた。
目が合って声をかけようと思ったけど、君は僕に気付かなくて、
横をすれ違っても見向きもしなかったから、
もしかして覚えて無いのかな。と考えて、とりあえず後を付いて行ったんだ。
で、君の隣に座って話しかけて、君がおれを本当に覚えて無いって確信した」
何飲んでるのと聞いて来たあの時の彼が脳裏に甦る。
正直、ちらっともこの人見た事あるなどとは思わなかった。
いい人そうだとは思ったが。
「・・・え、と聞いていい?」
「どうぞ」
「どうして今まで黙ってたの?」
「だって君は覚えて無い事だろ」
「・・・本当に覚えて無かったけど、
でもどうしてあの日初対面のように接して・・・あの時に言ってくれてたら」
「君はきっとなんだこいつと思って警戒しただけだと思うよ」
「あぁ・・・その通りだわ」
「だろ?」
「でもどうして・・・」
もあもあと、心が沸き立って落ち着かない。
突然の過去の自分の暴露話に、焦りと罪悪感で混乱しながらも、
彼が、笑っていてくれる事に感心していた。
「え、アドレスは交換していたの?
確かにあなたからメールが来た時、いつ教えたかしらって思ったの覚えてるわ。
でも酔っていたからと思い直して、私はあなたの名刺から登録したのに・・・
気付いたら知らない名前が入ってたなんて事は無かったわ」
「それ、おれもずっと考えてたんだ。
覚えて無くても、知らないアドレスがある事に疑問を持たなかったのかなって。
だから最初の頃は本当は気付いてて、知らないフリをしてるのかと思ってた。
だけど最近気付いたんだ、おれ自分の名前をプロフィールに登録してないんだよ」
「???え、どういう事?」
「赤外線でおれのプロフィールを君の携帯に送ってるから、
名前の入ってない番号とメールアドレスだけのものがどこかに入ってるはずだ」
慌てて、携帯のアドレス帳を開いた。
あいうえお順に並ぶ”英数”の欄にひっそりと、見慣れた番号が確かに入っていた。
「あった」
「うん。だろ?」
名前の無い彼の番号を眺めながら、頭を抱えた。
・・・私って、なんて女なの・・・
「ねぇ、でもどうして・・・
私はそんな大変な迷惑をかけたのに腹が立たなかったの?」
そして彼はまた、わはっと笑った。
その笑顔が私には、今までに無くキラキラして見えた。
「なんて女だとは思ったよ、でも、不思議だな。
腹が立つよりなんだかおかしかったな。だから余計に君の事が知りたくなった。
一目惚れって言っただろ?
やっぱり運命の赤い糸だったんだよ」
からかうように言う彼に、本当にごめんね。とつぶやいた。
そしてまた、あの日の彼の背中を思い出してクスリと笑った。
あ。そうか、私はあの時すでに彼に恋をしていたのかもしれない。
そう思い付いて、楽しくなって笑った。
「どうしたの。急に笑って」
まぁいつもの事だけど、という素振りで彼は言う。
「なんとなく、くやしいから教えないわ」
そう私が言うと彼はまた、わはっと笑った。
その笑顔を見ながら、今自分が幸せである事を改めて思う。
運命の赤い糸・・・ねぇ。
***おわり***
http://
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